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4月30日 早起きしてツインリンクもてぎへ。大渋滞を予想していたものの、案外スムーズに到着。このサーキット、入場ゲートが多数あるため周辺の道路も流れるのだとか。ホンダのブースに行くと、いろんなドライバーが来てコメントしてる。やがて予選2位だったダニカ・パトリック選手登場! 写真でイメージするよりずっと可愛らしい。好感度抜群だったのか、あっという間に人垣が出来ちゃいました。オジサンも今シーズンはダニカちゃん、いやダニカ選手のファンになります。

トラックから降ろし道路を走って移動するのだけれど、その間も編隊組んでました!

 コースでは『ブルーインパルスJr.』のマニューバ(高機動走行)も始まる。TVで紹介されて以来、人気急上昇とのこと。航空自衛隊の人に話を聞いてみたら「車両はホンダのデュオです。予算がないため紙と発泡スチロールでボディを作りました。スモークは花火を4本取り付けています」。車両を見せて貰うと、けっこう使い込んでます。これだけ人気なのだから、少し予算を付けてもいいのに……。自衛隊は予算の使い方を考え直すべきでしょう。やがて本当のブルーインパルス登場! 国歌終わったあたりの飛来だとドンピシャだったと思うが、ちょいと早かった。あまり激しい飛び方はしなかったけれど、お客さんから大喝采を浴びる。何を隠そうT−4のブルーインパルスを初めて見たのだが、静かなのに驚く。サンダーバーズなんか本当に雷みたいな音ですから。

カメラ構えてる日本人勢、驚くべきことにけっこう平均年齢高い

 スタンド裏に行くと、オートバックスのお姉さん達の撮影タイム! 意外なことにアメリカ人からすっごい人気! 日本人のカメラ小僧達は遠巻きにしてるだけなれど、アメリカ人って一緒に写真を撮りたがる。しかも口説いてやンの! そうこうしているウチ、インディジャパン300がスタート! もはや皆さん応援してるのはダニカちゃん! いやダニカ選手。スタート直後のターン1でトップに立つや、大騒ぎであります! しかし早くもクラッシュでイエロー。11周後、リスタートするや、またしてもイエロー! インディカーレースの解説って、この間の繋ぎで真価が出ます。私も1回だけTBSでインディ500の解説を秋沢アナと担当したのだけれど(この年を最後にTBSとIRLの契約が切れました)、ウンチクをしゃべりまくり。それにしてもインディアナポリスの放送ブースから生中継したなんて、今思えば夢のような仕事でしたね。

指定席はまぁまぁの入り。自由席が穴場です!

 おっとレースだった! 例によって途中は中弛みしたものの、最後の5ラップが強烈! 次々とガス欠でピットイン! トップを走っていたシボレーエンジンまでガス欠! 最後に「あらら何で?」と思うようなクラッシュがターン2であるなど、花火大会のフィナーレのように盛り上がる。すっごく面白かったっす! ダニカちゃん、いやダニカ選手は惜しくも4位。これから日本じゃ人気モノになると思う。

ゆずの産地とのこと。美味しかったのでお土産に買いました

 16時くらいにツインリンクを出発。ゲートを出るまで少し流れが悪かっただけで、三郷の料金所も順調。ほとんど渋滞無しで東京に帰ってこられました。今年行かなかった人は、ぜひ来年どうぞ! やっぱり一度はオーバー300kmのバトルを見るべき。

4月29日 朝から原稿を書かなければならないのだけれど、眠いのなんの! やっぱトシです。ただ長い昼寝から起きたら、なんだか元気出てきた。原稿だって書ける。夜はジムにも行く。しかし! 気が付くと原稿ビッシリ! オーストラリアで一週間も仕事しなかったのだから当然か。ま、連休に出掛けても混雑に加担するだけ。遊びに行かないのも社会貢献です。ただ沖縄のショップから「ぜひ潜りに来てください」というお誘いも。連休明けの空いている時期を見て行きます。そうそう。今回オーストラリアでワインを貰った。オーストラリアの赤ワインってウマいのは無いですね、と言ったら「これを飲んでから決めてね」。夜、開けてみたら正統派の赤ワインじゃないの! 認識が変わりました。でも高そう。コストパフォーマンスを考えると、私は1位チリ。2位スペイン。3位フランスだと考えます。オーストラリアとアメリカは高ければ良い物が。日本もフランスワインの3倍くらいの値段を出せば、美味しい赤ワインを飲めます。安いオーストラリアとアメリカ、日本の赤ワインはあきまへん。もし御存知ならぜひ教えてください。ちなみにオーク樽のニオイや味のする赤ワインは苦手です。

4月28日 さすがに疲れているらしく眠いし身体が重い感じ。ただ昨年来からジムに通っていたおかげか、30kmの長いSSで集中力が切れなかった。ニュージーランドは50km近いSSもあるし、WRCだとフルに3日間走らなくちゃならぬ。レッキの距離だって長い。もう少し身体を鍛えなくちゃアカンです。明日からジム通いに戻りましょう(今までは600kカロリーコースだったふが、700kカロリーに増やします)。毎年ゴールデンウィークは沖縄でダイビングなのだけれど、今年は仕事! 新刊本も控えているし。お昼から打ち合わせで都心部へ。連休前だから混むかと思いきや、そうでもない。大きな企業が休みになっちゃったからかもしれません。松下さんの日記見たら、ソウルでモーターショーをやってたのね! 1日帰りを伸ばして寄り道してくればよかった。

4月27日 早朝4時30分に仁川空降着。いろんな国のアジア人に混ざり、乗り継ぎ用のセキュリティゲートへ。韓国と日本は最近ギクシャクしているけれど、それでも一目置いてくれるように思う。他の国のパスポートを持っている人には無愛想な対応を取っている係員も、日本人だと明らかに物腰が柔らかくなる。大韓航空の機内の対応だって良い。10年前の大韓航空だと(ロス便を愛用してました。朝イチの到着なのでイミグレーションがガラガラ。しかも到着した日を丸々使えるため便利なのだ)、日本人だと認めるやニコリともしませんでしたから。韓国に限らず、依然として日本人はアジア域内だと良い待遇を受けられるます。ただ傲慢になっちゃいけない。スマートでカッコいい存在になりたいもの。成田行きは9時20分なので、それまでシャワー浴びて原稿書き。本当ならシドニー空港から送るつもりだった原稿も送信。ラリーで遅れたスケジュールを徐々に取り戻しつつあります。帰宅し、打ち合わせや原稿書き。

4月26日 いつまでも余韻に浸ってるヒマは無い。6時に起きてシャワー浴び、7時から原稿書き。何たって本業をしっかりやらないとメシ喰えませんから。ラリー中にも関わらず原稿依頼が入ってくるの、有り難い事だと思う。11時にホテルをチェックアウトし、買い物や食事など。一度行ってみたいと思っていたサーフィンの聖地、ボンダイビーチに行く。ビーチ見える場所にある素晴らしく雰囲気の良いカフェで和む。いやいやあっという間の一週間でした。ただ次戦が50日後。やるべきことも多い。まずダンパー。ラリーカーはいつも苦言を呈しているカヤバ製を使っているのだけれど、ハンドリング的にゃけっこう好みだったりして。カヤバでオーバーホール受け付けてくれればいいのだが、お前なんか知らないと言われた場合、買い直す予算などありません。タイヤもハイランドマスターズの時の減り方を見てると6本あれば持ちそうだったけれど、オーストラリアで13本使っちゃいました(全部で20本用意したので。ニュージーランド用として残ったのは7本)。貧乏チームにとって悩むところ。嬉しい誤算だったのは車体。キャンベラの激しい上下方向の入力にノーマルボディは耐えられないだろう、ということで終了後フロントストラットの取り付け部のみ補強しようと思っていた。けれど60m級大ジャンプしたり(高さも2m以上。ほとんど4輪同時に着地しました。インプレッサって空中姿勢が良いと感心しきり)やアーム曲がるくらい壁に当たっても変形しておらず! キャンベラほど激しい上下方向の入力あるラリーはAPRCにないため、このままイケそうな雰囲気。いずれにしろインプレッサにロールバー組み込み、カヤバのダンパーとダンロップを履くだけで、相当楽しめるラリーカーになるということは理解できました。次回はペースノートの勉強をすれば、今の安全マージンのままもっと速くなると思います。夜19時30分発の大韓航空に乗り、仁川空港へ。

4月25日 さすがにみんな朝起きてこない。9時出発の予定が10時になってしまいました。後車検のため車両保管されていたサービスパークでラリーカーを引き取り、パーツ積んでニュージーランドへ送り出す。メインテンスする時間がないため、ニュージーランドの前にダメージ受けた部分を直す予定。仲良くなったメンバーだけに写真を撮ったり男同士抱き合ったりして(やっぱり日本人は女性に抱きつけません)別れを惜しみつつ私と番頭宮本君、シモーヌさんはシドニーへ。その他のチーム員はメルボルンに向け出発。夕方シドニー着。遅いお昼を食べ、シモーヌさんとお別れ。次に会うの、6月のニュージーランドです。ホテルで番頭宮本君と車載VTRのチェック。最も長い『マインシャフト』(SS距離30km。24分41秒)が丸々撮れていた。このSS、文字通りオーストラリアのAPRCと私の今回のラリーが凝縮されてました。ペースノート不備のため、長い直線の後のジャンクションを曲がらなくちゃならないのに見える道に飛び込んで行ったり、ジャンプしたり(滞空時間計ったら約2秒! 130km出てたとすれば、最低で60m飛んでます)。真正面にヘリコプターが待ちかまえており、そこから自分でも呆れるくらい攻めていたり、カンガルーがコースをピョンピョンと横切ったり……。そして最後の方で溝にドゴン! また、パンクしたSSも全て撮れていた。ちなみにリエゾンの区間で左リアタイヤ交換に掛かった時間、4分15秒。次のSSに遅れず済んだ。このVTR、どうしようか迷ってます。

凄いトーアウトが付いちゃってます!

4月24日 レグ2。昨日に比べると、ずいぶんペースノートが頭に入ってくるようになった。ただやっぱり3速や4速中心の高速コーナーや、先の見えないクレストを全開で行けるほど正確なペースノートじゃありません。クレストの先がどうなっているかも自信無し! 加えてノーマルボディとあって上下方向の激しい入力は想定外。ギャップやジャンプの度にアクセルを戻す。それでもプライベーター勢の真ん中くらいのタイムを出せるようになってきたと思う。しかし! ラリーってそんな甘くありません。30kmもある名物の『マインシャフト』というSSは、ペースノート作ったのが初日の朝一。よってデタラメに近い状態である。一方、走行スピードは速くなってきているため、怖いの何の! ミスの連続でありました。5速全開160kmくらいからの左鋭角ターンはブレーキングが遅れ直進。その2kmくらいの場所にあるクレストはカメラマンがたくさんおり、クレストの向こう側は真っ直ぐというペースノートだったため全開で行ったら60mくらい飛んじゃいました。後で車載カメラ見たら、滞空時間も長い! ただそこで注目されたのか、ツイスティな区間でヘリコプター出現! 手が届きそうなところで併走を撮ってるじゃないの! こらイイとこ見せなアカンと今回のラリーで初めてプッシュ。ヘリ映像でクラッシュシーンが多いの、当然ですね、と妙に納得。

下のアームは本来真っ直ぐです。横から押され、曲がりました

その後もインチキなペースノートに何度もダマされ、フィニッシュ手前2kmくらいでテールをアウト側の溝に落としちゃいました。以後、ハンドリングが妙になったためパンクかと思いペースダウン。フィニッシュ後にチェックすると、アームが見事に曲がってる。というか、それだけで済んでラッキー! SSは3つ残っているものの、ペース落として走りきりゴール。総合順位はアジパシシリーズの5位のようです(最終の正式リザルトが手元にないため確実ではない)。実は金曜日のマネージャーミーティングでアジパシにスバル車が新井選手の一台しか無いということから、ダニーさんはみんなから「登録しておけば?」と進められたそうな。それじゃ、とマニファクチャラーズの登録もしたところ、何と! ドライバー選手権もマニファクチャラーズも4ポイントゲットしちゃいました!

超ラッキー!

夜はキャンベラ中心街にあるホテルで表彰式&パーティ。何と最前列(右端ですけど)のテーブルじゃないの! 今回のラリー、私が最も印象に残ったのはチームワークである。初日は会話も全くなく、どうなることかと思いきや、3日目くらいから笑い絶えず。その割にメインテナンスが始まるや、まるでプロのサービスの如くデキパキ動く。文字通り「エンジョイ・ラリー」といった雰囲気。最も面白かったのは、順位上がるに従って注目され始めたこと。レグ2の午後あたりから「補強もしてないノーマルのSTiバージョンに安全装備とアンダーガード付け、カヤバの市販サスに変えただけ」と言ってもみんな信じない。「マフラーやコンピューターもスペシャルでしょう」。ちなみに排気系、オーストラリアは触媒無しでもいいのだけれど、ジャーナリストが臭い排気ガス出してたシャレにならぬ。キッチリ触媒付けてます。コンピューターだってSTIの市販品。だからエンジンはいつだって安定して回ってる。サービスはマネージャーとコーディネーター、チームメカがオーストラリアのラリーショップの人なれど、4つのタイヤを受け持つ日本人は、プロが一人(ただラリー初体験)。学生二人に私の番頭宮本君。これまた聞かれた時に答えると「信じられない」。パーティ終了後、バーに移動して行われた二次会では(ワンショット毎にお金を払う)、なぜかいろんな人から次々にビールやらワインやらを奢って貰い完全に出来上がっちゃいました。

4月23日 いよいよレグ1! 思えば長い道のりでした。SS1はレッキ3回目のつもりでスタート! 基本的に全開に次ぐ全開のコース設定の上、風がないためホコリが凄い。おまけに朝日が真正面から入ってくる最悪のコンディションのため、こらもうハイランドマスターズより酷いタイムかと思いきや、プライベーター集団の中だったりして。少なくともノーマルに毛が生えたような(クルマにゃ毛など生えないっすけど)グループNは私のインプレッサだけ。もちろん全然攻め切れておらず。テストの時より全然遅いです。とりあえず今回は練習のつもりで走る。とはいえノンビリ走ってるワケじゃない。SS4の直角コーナーでスライドした際、運悪く石をヒット! スローパンクチャー。SS終了後、タイヤ交換を行う。打ち合わせ通りシモーヌさんがジャッキアップ(油圧ジャッキを積んでる)。その間にタイヤ外しナット緩め付け替え終了。およそ3分。ペナルティを受けずに済みました。サービスに戻ると何だかインタビューが多い! ラジオの生インタビューも受ける。面白いモノで「ごめんなさい! 私は英語が分かりません」と言うと「全然問題ない!」。凄い問題だと思いますが……。どうやら「アイツは日本でWRCのコメンテーターをやってるらしい。クルマもノーマルのインプレッサで、グラベルラリーに出るのは2度目。その割に頑張ってるじゃない!」とウワサになっている様子。オーストラリア人の女性コ・ドラだというのもネタとしちゃ面白いのだろう。幸いトラブルなくレグ1終了。45分の最終サービスで、カヤバのダンパー4本とフロントブレーキローター&パッド、オイル、ブレーキフルードの交換という大作業をする。福島スバルの渡辺君の頑張りで、30秒前にパルクフェルメに入れました。

45分のサービスでダンパーとブレーキローターを交換!

4月22日 午前中は公式イベントの『シェイクダウン』。主催者が設定したコースをメディア向け撮影のため走り、その後ナビシートにメディアを乗せるというもの。私が乗せたの、なぜか自動車雑誌でなく一般メディアの人ばかり。座った人に「私はジャーナリストです。グラベルラリーは2度目です。車両はショールームにある市販車に安全整備を付け、サスペンションを交換しダンロップの市販ラリータイヤを履いたただけ。車重は1514kgもあります」と言うと、けっこう心配そうな顔。されど走り出すや沈黙。4速全開でコーナーに飛び込まれれば誰だって驚きますね。コースの4分の1を過ぎたあたりから「ファンタスティック!」「グレート!」「エクセレント!」の連発。けっこう幅の広い高速のグラベルな上(5速まで入るから150kmは超えてるハズ)、思い切りテール流せるコーナーや先の見えないクレストがあるため、乗っててけっこう面白いんじゃなかろうか。降りるや「写真を撮らせて」とか「本当にノーマルなのか?」と矢継ぎ早の質問。楽しんでもらえた様子。それにしても幅広くフラットなグラベルがこんなに楽しいとは知らなかったっす! ちなみに普通のグループN車両で1400kg前後。軽量化してないためロールバーなど付けた分だけ重くなってます。18時からキャンベラの目抜き通りでセレモニアルスタート。英語がしゃべれない日本人とオーストラリア人の女性コ・ドラという組み合わせのためか、大いに注目を浴びちゃいました。

4月21日 今日も朝からレッキ。SS(全開で走る競技区間)は1本15km〜20kmとWRC並に長い。レッキはその間のあるコーナーや先が見えない登り坂などを全て読み上げ、コ・ドライバーにメモしてもらう作業。本番ではそれを読み上げ、見えないコーナーも全開で走るのである。ちなみに今回はオーストラリアスタイルで、コーナーの”曲がり具合”を10段階とした。最もキツいサイドブレーキ使う折り返しが『1』。全開で曲がれるようなコナーは『9』。それよりシビれるの、至る所にある全く先の見えないアップダウンです。真っ直ぐならいいけれど、見えなくなった先が右に曲がっていたりしているのだ。かといって全部ブレーキ踏んでたら全然タイム出ません。よってクレストの先がどうなっているかをレッキするんだけれど、難しいの何の! キャンベララリーをクレスト&ジャンプで有名な1000湖ラリー(フィンランドラリー)に例える人もいるほど。ちなみにチェックするのはコーナーの曲がり具合の他、コーナーとコーナーの距離。ライン取りなど。とりあえず安全に走れるよう、留意して作る。ペースノートが上手に作れるようになれば(自分を信じられるかどうか、ですね)、速く走れるようになると思う。

4月20日 朝からレッキ。最初は『メインシャフト』と呼ばれる全長30kmの名物SS。スタート直後こそ普通の林道ながら、峠を越え下りになってから滑りやすい上に両脇は溝になっている。ガケが低いため大きな事故になることはないけれど、ワンミスで足回りに大きなダメージを受けてしまうだろう。その後は、先が全然見えないアクセル全開のアップダウンの連続。しかも微妙に曲がっているため、少しラインを外しただけコースアウト。これまたサスペンションがアウトです。そしてゴール間近は大ジャンピングスポット! 昨晩のこと、メディアに「飛びますか?」とインタビューされたので「コ・ドラの指示に従いま〜す!」と答えておきました。実際にレッキしてみると、凄い標高差ざます。続いて4つのSSをレッキ。驚いたことに日本と違い、終日いつでもレッキ出来る。日本は道路を使うことが難しいためなのだけれど、前後のレッキカーにも気を遣わず済む。こんな環境でラリーが出来るのだからオーストラリアの人は幸せだと思う。また、オーストラリア人のコ・ドラのせいか、オフィシャルもフレンドリィ。というか、どこに行っても歓迎されているみたいだ。サービスに人も来てくれます。何だか日豪親善チームの様相を呈してきた次第。明日はメディア向け試乗会(ナビシートに乗ってもらう)の運転手を勤める予定。こうなりゃサービスに人が来たときの飲み物や食べ物を用意しなくちゃアカンでしょう。ラリーカーの方はトラブル発生! 日本からオーストラリアに運んだルートのどこかで、誰かがイタズラして消火器のスイッチを押したらしい。日本で確認したのに、昨日チェックしたらカラ。消化剤を洗った後もありました。悪質である。気づかなかった車検に落ちてた。しかもこれで10万円の出費です。しくしく。

4月19日 今日は午前中走行テストを行う。シモーヌさんによれば、ラリー本番と同じような路面とのこと。表面に細かい石がたくさんあり、めちゃくちゃ滑る。ただデコボコがなくフラットなため、グリップの良い雪道というイメージ。こういった滑り方、嫌いじゃなかったりします。シモーヌさんもどんな運転手なのか相当不安だったと思うけれど、5ラップもすると安心してくれた様子。ただペースノート作りがヘタ。というか慣れてない。何たって3戦目ですから。2時間ほどクルマのセッティングとペースノートのチェックを行う。クルマは直進安定性を出すべく前後のアライメントを変更。前後の駆動力配分もチェックしてみた。何とか気持ちよく走れるようになってきた頃、シモーヌさんの師匠であるダリルさん(WRCに何戦も出ているベテラン)が隣に乗ってくれるという。ダリルさんのペースノートの読み方、もはやWRCの車載カメラで聞くのと同じじゃないの! 相当カッコ良かったりして。少しツボにハマってしまいました。ドライビングも合格点だったらしく、ベースに戻りマネージャーのダニーさんと私のドライビングについて話をした後、何だかチーム全体が盛り上がり始める。やっぱり実績のないジジイのドライバーじゃクルーやっててもやり甲斐ないでしょう。皆さん少しなれど希望を持って頂いたようです。急に扱いも良くなってきた。サービスパークに田口選手が居たのでご挨拶する。

けっこう手応え感じました

4月18日 今日は朝8時からスタート。ラリーカーのメインテナンスのため日本からお願いしていた場所に行くと、突如使えないことになってしまった。ま、この程度のトラブルなど、もはや気にならず。風はメチャクチャ強いも、幸い天気良いため屋外でサービスクルーの作業手順確認&練習。私は書類のチェックなど、事務関係の手続きを行う。全く問題なく終了。まだ大半のチームは来ていない。とりあえず出場受付を済ませたの、5チームくらいという感じ。明日からいよいよシェイクダウンテストが始まります。

4月17日 予定より少し遅れ、朝8時少し過ぎにシドニー空港着。コ・ドラの人が待っている予定……なので出て行くと、大きく『KUNISAWA』と書いた紙を出して待っててくれました。いい人で良かった、と一安心。名前の読みを聞くと名前の「シモーヌ」さんは、ほぼそのまんま。「シモン」さんでもいいそうです。英語がソコソコ解るムスメもバックマンかバッハマンか悩んだ名字ながら「バッハマン」に限りなく近い発音でした。以後、シモーヌ・バッハマンさんとさせて頂きます。オーストラリア国内のラリーに25回出ているというのからキャリアは十分! シドニーからキャンベラまでは300km。途中、ネズミ捕りなどやってたけれど、制限の110kmにクルコンをセットしてたのでヒヤリともせず。キャンベラにお昼到着。日本チームはメルボルンまでの直行便で到着後、600km移動するため夕方になってしまう。お昼を食べ、ラリーへ向けての打ち合わせなど。午後はホテルで原稿書き。夕方にチーム全員が揃い、夕食&ミーティング。いやいや、ここまで長かったっす!

4月16日 誕生日。といってもトシ取ったら嬉しくもないワな。オーストラリアに飛ぶと、次に原稿を送信出来るのは早くて17日の夜。その前に仕上げなくちゃならない原稿が2本あるため、早起きして仕事仕事! 何とか12時過ぎに終了。急いで荷造りし、番頭の宮本君とムスコを乗せ成田へ向かう。チームの4人は20時20分発の直行便ながら、私だけ予算節約&荷物をたくさん運ぶため大韓航空のマイレージ使ってビジネスクラスに乗る。聞くと最近オセアニア便は重量が厳しいのだとか。私の荷物、オーストラリアの人用のツナギや、ホイールナット外す電動インパクト用のデカい充電機などあるため、20kgじゃ全然収まりません。ちなみに制限を超えた荷物(エクセスと言う)は1kgに付きファーストクラス運賃の1%。とてもじゃないけど払えません。普通の旅行なら捨てればいいが、今回はラリーに必要なモノばかり。貯めてきたマイレージを使います。ということで17時発の002便に乗り込み韓国へ。2時間のフライトで仁川空港。20分後に搭乗開始だったが、1時間の遅れ。ラウンジでシャワー浴び、シドニーに向け出発! 明日の移動に備えて早速寝。スタッフは直行便で向かいます。キャンベラの天気は当分「晴れ」。おおよそ日本+6ヶ月の気候なので、10月中旬のイメージかと。最高気温22度。最低3度という予報。天気さえよければ幸せです。雨のグラベル、走りたくないっすから! キャンベラでは基本的に自炊。キッチン付きのホテルに滞在します。日本から食材を持って行けないものの、オーストラリアって何でも売っている。

誕生日にケーキを頂きました。テーマは『絶対完走』制作過程を御覧下さい

4月15日 朝から静岡方面へ。私は仕事ながら、帰ってきているムスメとヨメが御殿場のアウトレットに行きたいというので一緒。途中、朝ご飯を。最近高速道路のサービスエリアでなく小規模なパーキングエリアが好み。今日も『鮎沢PA』に寄る。朝なのになぜかラーメン気分。名物と書いてある『黒ちゃんタマゴ』(温泉タマゴ)を入れて食べたら、なかなか。10時から15時近くまで会議。最初「長いかな?」と思っていたけれど、けっこう速く感じました。急いで帰って原稿書き。

4月14日 午前中はアコードハイブリッドの試乗。しっかり取材したい、ということで栃木にあるホンダの研究所へ。押され気味だと思っていたホンダのハイブリッドなれど、実用燃費は予想以上。超薄型の高性能モーターやサンヨー製のニッケル水素バッテリー(144V)など確実に進化したアイテムを採用し、システムとしての効率を向上させている。ベルトとモーター両方で駆動可能なエアコンのハイブリッドコンプレッサーなど補機類に使われている新しい技術も関心しきり。「大きなモーターを使う本格的なハイブリッドはやらないんですか?」と聞いてみたら、どうやらお気に召さない質問だったらしく「電気伝達より機械伝達の方が効率良いですから」。でも日本の渋滞だとホンダ式より低速域で駆動力を電気伝達してるトヨタ式の方が間違いなく燃費がよいのでは? と向けてみたら「大きなモーターを使うハイブリッドだって技術的にはホンダもすぐに出来ます。ウチには燃料電池車用の大パワーモーターもあります」。技術的に可能なことと、現実的に可能なことは違う。V8エンジンが好例。ホンダの技術を持ってすれば素晴らしいV8をすぐにでも作れる。30分くらい白熱したハイブリッドロンギになりました。気合い入った技術者とのやりとりはいつも楽しいです。いずれにしろアコードのハイブリッドがアメリカで高い評価を受けることは間違いない。でもホンダのシステムを使う次期型シビックでプリウス以上の実用燃費を実現するのは難しいと思う。

4月13日 朝からラリーに向けて最終打ち合わせを何件か。新しい弟子に先週末に取材させたEVクラブのイベントの原稿を書かせているのだけど、なかなか合格点を与えらず。もうしばしお待ち下さい。昨日、大先輩のジャーナリストといろいろな話題になったのだけれど、興味深かったのが新聞などの記者さんと自動車ジャーナリストの相違点。例えば三菱自動車に対する一般メディアの対応を見ていると『検察官』みたいなもの。死刑を求刑することさえ厭わない。対して自動車ジャーナリストは自動車メーカーが無くなればいい、とは全く思わない。もちろん弱点や問題点はキッチリ指摘しなければならない。でも基本的に「良いクルマを作って欲しい」と思っているのだ。この仕事をしていて一番嬉しいのは「良いクルマや技術に出会った時」ですから。ところが最近の自動車ジャーナリズムは「弱点や問題点」を遠慮して書かなくなっているような気がする。私は嫌われてもいいから、うるさいヤツで居たい。弟子にもそう教えていきます。夜は日本からオーストラリアに行くメンバーと最終打ち合わせ。

4月12日 時差ボケから脱出すべく9時起き。起きるやカフェインをがっぱり摂取。原稿書に取りかかる。週末からオーストラリアなので、非常にタイトっす。お昼過ぎに家を出てFM群馬の収録のため前橋へ。途中、眠気覚ましのため『ヘルシア緑茶』を買う。350mlボトルに80mgのカフェインが入っているのだ。ちなみに日本茶って昔からカフェイン濃度の高いものほど高価。『上喜選』と呼ばれる高級茶は、夜飲むと寝られなくなると言われた。ちなみに黒船来襲の際『太平の眠りを覚ます蒸気船。たった四杯で夜も眠れず』という狂歌が流行ったけれど”蒸気船”を”上喜選”に引っかけたのは有名な話。だからこそ伊藤園の『お〜いお茶』(お茶飲料の中では最もカフェイン含有率が高い。確か350mlで35mg程度だったかと)がベストセラーになっているんだと思う。欧米ではカフェインを嫌うものの、日本じゃ嗜好品です。終了後、クルマを自宅に置いて銀座。大先輩ジャーナリストやメーカーの方と中国についての分析を深夜0時過ぎまで行う。

4月11日 軽く食べ赤ワインをガッツリと飲み機内で7時間ほど眠ると、もはや到着まで3時間。今日締め切りの原稿の推敲を。私の原稿のスタイルは、とりあえずバンバン書き(その方がテンポのよい原稿になります)、数時間〜2日後くらいに推敲するというのがベストのパターンです。帰りのエールフランスはB777の300ERという最新機材のため(行きは200ER)、シートもグッと使いやすい。飛行機というのもコストパフォーマンスで納得できないこと多々ある。昨年12月に乗ったANAは、フランクルフルトやロンドン便だと『ニュースタイル・クラブANA』なる前後左右の人と干渉されない非常に快適なシートながら、パリ便のみ昔ながらのシート。で、同じ金額なのだ。ただ成田じゃ預けた荷物にプライオリティのステッカー貼ってないため最後の方に出て来るという状況を見ると、やっぱり古い価値観のサービスなのかな、と。新しい価値観の『プレミアム』をレクサスに期待したい。そんなことを考えながら成田EXPに乗ると暖房の設定温度が高く大汗! みんな暖かい空港内を歩いてくるのだから運動量大。発車時は少し低めの温度設定とし、検札で回ったときに規定値にすればいいのに。ま、JRにゃそんな気の利いたサービスなど期待できないか……。帰ってメールのチェックや原稿の推敲をしてたら深夜3時。この時間にメールの返事が来たりして。みんな遅くまで仕事してるのね。

4月10日 起きると雨。この時期は晴天率の高い地中海性気候なのに、3日間のウチ1日しか晴れないとは……。今日はレンタカーで(一度も運転したことがないプジョー807を借りてみた)レクサスが作ろうとしている”ブランド”というものを再度確認すべく取材に回る。世界中のお金持ちが集まるコート・ダ・ジュールほど「価値観」の差が出る場所は無いと思う。まず5月に開催されるF1の準備が始まったモナコ。そしてお金持ちから庶民まで幅広いバカンス客を受け入れているニース。続いてアンティーヴ、カンヌへ。売っているモノ、カフェでの飲み物の値段のバラバラ具合に改めて驚く。『エズ』というモナコとニースの中間くらいにあるお金持ちの邸宅が続く海沿いにあった中華料理屋さん(店は決して豪華じゃない)でお昼に食べた焼きそばは、日本の一人前の3分の2くらいの量で1700円! 前菜のタイ風サラダも日本のファミレスの小さいポーション程度ながら1900円! まぁまぁの味ながら、二人で2品づつ食べて8900円。昼ご飯でっせ! 店のロケーションや雰囲気、味を考えると、日本なら2500円くらい。リゾート価格でも3500円でしょう。ホテルの価格だってそう。お金持ちって、基本的にはボラれているのかもしれません。いろいろ勉強になりましたね。ニース20時50分発のエールフランスでパリ。到着遅れのため成田行きに間に合うか心配してたらゲート出ると航空会社の人が待っており、無事23時20分発に乗れました。

Eze(エズ)。東北の人が「伊豆」と言う発音に近い。地形も似てます。モナコが熱海

4月9日 昨日からノドの痛みや頭痛といった症状が出ている。カゼを引いたのかと思ったら、どうも花粉らしい。どれどれ、とクルマ見たら真っ黄色じゃないの! この間「花粉症かと思ったらカゼだったみたい」と書いたけれど、どうやらやっぱり花粉症のようなのだ。聞けば最近ヨーロッパでも花粉症が急増しており、ディーゼルの排気ガスとの因果関係を指摘する人も出てきたとのこと。昨日に続きレクサスGS430の試乗。今日は快晴! こうなった時のコート・ダ・ジュールって「素晴らしい!」としか表現のしようがない。「ニース/NICE見ずしてナイス/nice語るな」と昔から言われているが、文字通りナイスであります! セント・ロペスからカンヌに掛けての海岸通りなど、あまりに美しさに出るのはため息ばかり。道も素晴らしい! 10kmに渡り続くワインディングロードは、カタルニアラリーのコースみたい。夕方からGS430をデザインした『EDスクエア』に行って取材。終了後、ニースでベルギーに滞在してるムスメと待ち合わせ、旧市街で夕食。日本ではあまり流通していないプロバンス地方の赤ワイン(高くありません)を試してみたら、なかなかイケました。

4月8日 海外出張すると原稿書きは早朝。いつも通り4時に起きてノートPCを開く。今日の予定は12時から。日本時間で8日一杯の締め切り分があるので、そいつに取りかかる。11時過ぎに何とか終了。ニース空港へ移動し、日本でこの夏から販売されるレクサスGS430(ヨーロッパ仕様)の試乗車をピックアップ。果たしてどんなクルマか? 簡単に説明出来ないので、詳しくはベストカー4月26日売りを読んでください。晴れていれば真っ青の(正確には群青色)コート・ダ・ジュールなれど、今日は雨交じりの曇り空。海は空の色を反映するため、灰色。一般道を中心に220kmほど試乗し、セント・ロペスという街へ。夜、GS430のチーフエンジニアである三好さんに話を聞く。

4月7日 早起きし、フランスへ行く前にFロード連載カニミソの撮影&取材。新しいベンツAクラスは初めて乗ったのだけれど、先代より大幅に良くなっている。次の入荷ロットくらいからボディの剛性感も上がってくると思う。詳細は5月売りのFロードで。12時5分発のエールフランスに乗ってパリ。気流の関係か、いつもよりフライトタイムは長く11時57分! 前回(12月)来た時は4時で暗かったのに、今や6時過ぎても明るい。これから夏に掛けてのヨーロッパは最高です。シャルルドゴール空港のラウンジで2時間過ごし、ニース行きの便に乗る。海岸に面したホテルのバーで軽く修行すると日本時間の朝6時。ベットに入るや沈。

4月6日 朝からラリーの打ち合わせ。考えてみたら日本出発まで10日間となってしまいました。準備を始めた時は「4ヶ月も先」だったのに! オーストラリアが終わったらすぐニュージーランドの準備。そして7月末の北海道はニュージーランドの前に動き始めなくちゃなりません。しかもカルネの手続きからチームウェアの準備、クルマを港に運ぶことまで自分でやっているため、けっこうめまぐるしい。も少し煮詰まってくると、夢にまでラリーが出てきたりするから面白過ぎるぞ! ただ今回はアドバイスしてくれる方や、お手伝いして頂いている方が何人かいるので非常に心強い。準備も”ほぼ”順調だし。午後は弟子志望の人と会う。熱心なので、その場で弟子にすることにしました。今週末の取材からスタートします。初レポートをお楽しみに! 

4月5日 クルマじゃなく人間の定期検診のため都内へ。3月末の激しい渋滞とうってかわり、首都高すいすい。9時に家を出たのに、目黒は9時45分だって。いつもこのくらい空いてれば最高です。昨年ジムに通い出してからというモノ、血液検査でも問題点は全く無くなった。15年来付き合ってきた中性脂肪の高い数値も(脂肪肝だと言われてました)、今や正常値。その割にお腹の贅肉だけ取れませんけど。帰りも順調に流れる。途中、ヤマダ電機に寄って『USBメモリー』を購入。ムスコに「便利だよ」と言われたので買ってみた次第。帰宅して使ってみると、こら確かに便利じゃないの! というか今まで知らなかった私に問題あるんだけど……。海外や外出先で自分のPCがネットにアクセス出来なかった時も、こいつさえあれば何とかなると思う。便利なもんだと感心しきり。帰って原稿書き。

4月4日 朝、みのもんたさんの番組を見てたら(フジTVの小倉さんより強烈で面白い。人間、尖ってないとツマらんです)、愛知万博の弁当騒ぎを取り上げていた。小泉首相の一声で一部解禁するというのも妙な話だけれど、持ち込み禁止という状況は高速道路のSAやPAと同じ。主催者がテナントから高い出店料を取ってるから、場内のレストランも高くなってしまうのだ。高くて混んでると聞けば、誰だって弁当持っていきたくなるでしょう。安くて美味しいレストランがたくさんあるなら弁当持ってくる人も少なくなるんじゃなかろうか。自由な競争が大切。愛知万博、入場者数は予想を下回っており苦戦必至か? 私は多分行かないだろう。午前中原稿書き。お昼の新幹線に乗り静岡の『小糸製作所』へ。小糸製作所のライトがポルシェ997とマイナーチェンジしたボクスターに純正装着されていると聞いたので、ぜひ工場を取材したいと思っていたのだ。品川の次の停車駅が静岡という『ひかり』に乗ったら1時間で着いちゃいました。東京駅から180kmあるのに! やっぱり新幹線って速い。ライト関係の工場を見るのは初めてなのだけれど、興味深いことばかり。勉強になりました。近々レポートします。帰って原稿書き。全然関係ないが、ウチのムスコはなぜか自衛隊好き。今日も帰って来るなり自衛隊の話をしてるから「体験入隊にでも行ってこい!」と言ったら「そんなのあるの?」と目が輝いてる。

4月3日 早起きして厳しい状況になりつつある原稿書き。やっと4月10日発売日分が終了し、16日発売日分に取り掛かる。こう書くと花見なんかしちゃってサボッてるように思えるかもしれませんけれど、原稿のオーダー入るのが遅いためドタバタになっちゃうのであります。ま、このあたりの緊張感が雑誌の面白いところ。昨晩からコンピュータに詳しいムスコの友達に来て貰い、環境を見直す。遅かったデルのセレロン搭載機をペンティアム4搭載機にチェンジ。160馬力のノンターボエンジンから280馬力のターボエンジンになった感じでばりばり動く。夕方、弟子希望の人4人と会う。当然ながら皆さんクルマ好き。自動車ヒョウロンの仕事はハングリー精神だけじゃダメで、ある程度余裕のある環境と時間が必要。つまり1年間くらいは仕事にならない、ということです。その上で、文を書くことが好きでないと難しい。ただ門戸は非常に広く、学歴だって不要。極端なことを言えば、読んで貰える文章を書ければいいだけ。

4月2日 早起きしてレガシィで東京へ。外気温計見たら1度。山を見ると真っ白である。なんだかゲレンデに呼ばれているみたい。されど今シーズンはもう行けそうな状況じゃありません。クルコンを98kmくらいにセットし東京まで走ると、15,6km/L。スタッドレスタイヤ付き260馬力4WDターボの燃費としちゃ大満足でしょう! 練馬でハイオク入れるとリッター129円だって! 8円も値上がりしてるじゃないの! お昼からお花見会。残念ながら石神井公園の桜は全く咲いておらず。されど総勢40名で食べたり飲んだりクルマ談義したりして楽しく過ごす。ラリー好きという7歳のコドモが来てくれたのだけれど、まぁ詳しいの何の! たまたまポルトガルラリーの話になり「いつまでやってたっけね〜?」とみんなで悩んでたら「2001年」。お母さんが「けっこう覚えてるんですよ」。試しに「誰が勝ったの?」と聞いたら「マキネン!」。2位も解るか聞くと「サインツ!」だって。今度収録の時に来てもらおうかしら。迷った時に答え一発かも。ラリードライバーになりたいらしい。私のTV解説がツボに入ってラリー好きになったというから嬉しいこと。終了後「とんでん」で二次会。終了後、原稿書き。

前列左から3人目がラリー少年。右から2人目はFM群馬の市川アナ

4月1日 午前中は原稿書き。お昼前に家を出てオーストラリアにメカニックを派遣していただく福島スバルへ向かう。宇都宮を過ぎたあたりから外気温が下がり出す。数日前には雪も降ったというから、まだ冬の終わりという感じか。この日は2005年度が始まる日で入社式も行われる。そこで景気よく『チーム福島スバル』の壮行会もやりましょう、ということになったのである。オーストラリアに行っていただけるのは渡辺さんという若いサービスマンで、ラリーメカの経験こそないものの成績優秀とのこと。驚くことに身長182cm! 今回日本から行くメンバーはみんな大きい。ウチのムスコは183cm。宮本君も181cm。173cmの畑野君が小柄に感じてしまうほど。福島スバルはラリージャパンにも2人のサービスを派遣して頂く。終わったのは夜6時過ぎ。顔見せなのでビールでも! ということになり、郡山泊。

渡辺則夫さん