7月31日 エアコンが効かないくらい暑い。朝から水遊び。さすがに今日は15時15分の飛行機とあって、慎重に行く。10時10分に船に上がってダイビングコンピューター見ると「ノーフライトタイム5時間」の表示(潜った後しばらくは飛行機に乗ることを制限される)。職人芸です。感じの良いヒズシのビーチバーで一杯飲み、12時20分発のRAC(琉球エアコミューター)那覇行きに乗る。ちなみにRACは高度300mほどだから飛行制限の対象外。それにしてもRACのセキュリティチェック、愚かしいほどしつこい。先日のアメリカもかくやと思えるほどで、Dバック一個に5分も掛けた! 全部のチャックを開き、中身を出して見る。立派な金属探知器あるんだから使えばいいのに。プライバシーもへったくれもあったモンじゃない。こういった連中に権力を与えると恐ろしいとシミジミ思う。なんたって阿嘉島じゃ役人や郵便局員がメチャクチャ威張っているのだ。15分の快適なフライトで那覇空港着。東京行きのフライトまでラウンジで原稿書いたり、飛行機の離発着を見たり。P3C(対潜哨戒機)やファントムの離発着も見たが、驚くべきことに黒煙凄い! 機体は見えなくても、黒い煙がハッキリ見えてしまう。戦闘になったら簡単に見つかるぞ。大丈夫なのだろうか? ANAの機内ではずっと原稿書き。あっという間に羽田着。着地の直後、激しくヨー(横方向の動き)が出る。あれ、ラダー(方向舵)で修正するのか、それとも前輪で修正するのか? 速度落ちたらラダー効かないだろうし。羽田から青山のホンダに行き『CB900ホーネット』を借りる。さらに赤坂でWRCの収録。11時帰着。下の写真は阿嘉島から隣の島へ行く道。交通量極めて少なく(1時間待ってもこないことさえ珍しくない)2車線の必要など無いし、ましてや人なんか歩いてない。こんなトコロにお金を掛けるなら、もっと島民の為に使って欲しい。
7月30日 今日も朝から暑い! このまま台風こないと海水温上がってサンゴが白化してしまうかもしれない。現在の海水温29度。30度になると危険信号とのこと。しかし当面台風来る気配なし。1本目は『佐久原』。この海底もそうだけれど、座間味周辺にはどう見ても遺跡(石切場)としか思えない地形が深度25〜30m付近に点在している。考古学によれば最も近い小氷期は今より30mくらい水面が低かったそうな。水面化30mには世界規模で遺跡らしき地形が確認されている。ダラダラ潜ってないで、こういった地形の写真を集めようかと思う。2本目にガヒ島の南側。昨日と違って透明度悪し。ちょっとガッカリ。今日もマンタを探しに行くも、波あって探せず。ムスコを飛び込ませ探すが、グルクンの大群見たのみ。ただ凄い群だったとか。大きな大きなアカウミガメも発見。森山氏によれば「赤いのは噛みついてくるのでアブナイ」。肉をばっくり持って行かれることもあるらしい。するとムスコにドンドン近づいてくる。船に上がるよう声掛けるか、というタイミングで潜って行きました。夜はヒズシのビーチバーに行こうかと思ったが、暑くて暑くて出かける気になれず。宿で泡盛飲む。
7月29日 9時発の高速船に乗るべく港に行くと「キャンセル待ちです。厳しいと思います」。夏休みとは言え平日だし、2〜3日前にインターネットで見たら空席多数だったのに。しかたなく10時発のフェリーで阿嘉島へ。港の「パーラーみやま」でお昼食べ、1時から続けて2本潜る。ヤカビ島裏のタカチンシに行く途中、マンタの群に遭遇。慌ててマスクとフィンを付けて飛び込む。おお! 真横に2枚。しかも台風が来てないせいか、透明度抜群に良くハッキリ見える! カメラ持ってこなかったのが残念。マンタと離れてしまったので一度上がり、続いてムスコの番。するとどうよ! 船の上から見てたら、大きなマンタが真っ直ぐムスコの方に行く。あらあらあら、かなり浅い真下を通過したじゃないの! 聞けば「手が届く距離だった。あまりに近いので怖かったよ」だって。タカチンシの手前の「根」(出っ張り)を潜るも、やはり流れ速い。なれど流されながら複雑な地形を巡り、気づくと船の下に戻ってる。ありゃ不思議! 流れを上手く読んでナビゲーションしたワケね。今日はワタシと同じ歳の森山さん(オケアノスというショップ。ミクロものの名ガイド)のトコロで潜っているだけれど、名人芸です。それにしても透明度抜群! 少なく見て40m。はるか遠くの地形までハッキリ解るほど。台風が来るまでの沖縄、大おすすめでしょう。2本目は洞窟攻め。ダイビングを満喫しました。
7月28日 6時に起きてプリウスの車検準備。といってもチェックは済んでいるから、洗車と車内の掃除など。朝ご飯済まし8時出発。幸い流れよく8時30分にテスター屋さん到着し、事前検査。スピードメーターは42キロを表示したあたりで実車速40キロだと判明した。ブレーキやサイドスリップも問題なし。ヘッドライトは若干調整しなければならなかったらしい。HC/CO(排気ガス)共に0ppm。☆三つだから当然か。自信満々で車検場に乗り込む。書類の確認が済んで車検始まったのは9時5分。ユーザー車検だと解ると、ウィンカーや車体番号の確認を行う担当員も丁寧に対応してくれる。役所の中じゃベストか? 気持ちよ〜くラインに入り、サ〜クサク終了。車検合格のハンコをポンと押して貰い、9時15分に2年分の車検証を手にした。特に問題無さそうなクルマの車検は、やっぱり自分でやるべし。具合の悪いところあれば、そこだけ修理してもらえばいいです。ちなみにプリウスのバッテリー点検は5年目まで無料。お昼からトラヴィックでお台場の潮風公園。マイナーモデルとの比較をしたのだけれど、ウインカーが普通の国産車と同じ右になっており何度も間違えてもうた。やっぱり輸入車の右ハンドルは左ウィンカーの方がしっくりくる。ま、ヒネたクルマ好きの戯言ですけど……。ISO−FIXタイプのチャイルドシートが付くようになったのが大進歩。続いてベストカーの「第2回評論家テスト」企画。今回も盛大に腹立つ! 問題がヒネくれてるのだ。竹平兄、松下さん、鈴木さん揃ってプンプン! 寺崎君! 次はチミだチミの番! フェネックの評論家テストの方が素直だったっす。終了後、羽田直行。空港でムスコと待ち合わせし、20時発のANA131で沖縄へ。短い夏休みを取らせていただきます。
7月27日 6時に起きて原稿書き。順調に進んで12時過ぎ終了。VTRでラリーのイベントをやっている横浜へ向かう。さすがバイクは速い! 高井戸から首都高で浜崎橋経由みなとみらいまで、あっという間。しかも楽しいし。高速道路の二人乗り禁止が解除されれば、カップルでロングツーリングも楽しめるようになると思う。ラリーのイベントは大盛況。なかでもラリーカーのレプリカは興味深い。みんなホンモノみたいなのだ。あんな派手なクルマだと、ムチャな運転も出来まいでしょう。安全運転のためにもレプリカは役立つ。ラリーカーを見ていると、ドンドン競技に出たくなる。次はいつか? 帰りは第3京浜経由。これまた環八の渋滞も気にならず、驚くほど早く自宅まで戻れました。
7月26日 時差ボケのため昨夜は寝たんだか寝てないんだかワカラン状態。御存知の通り人間の体内時計は25時間周期で、1日あたりプラスマイナス2時間まで調整出来ると言われる。西に移動した時は3時間づつ時差を解消できると言うこと(東に移動すると1日1時間分しか調整出来ず)。その”法則”からすれば、今日は朝4時くらいに起きるパターンじゃなくちゃいけない。なのに昨夜は仕上げなければならない仕事あり、寝たの深夜2時。どうにも調子出ません。3時からムスメのバレエの発表会。好きなバレエなれど今回で引退するそうな。確かに「趣味のバレエ」で19歳と言えば、本来なら教える側に回る歳だろう。「学校が好きだから」とう理由でいつまで社会に出ず学校に通ってたって仕方ないのと同じ。人生区切りが必要です。もし踊るのが好きなら、違うジャンルで頑張ればいいと思う。
7月25日 日本に帰ってきた途端、雨である。梅雨の期間中、半分くらいしか東京に居ないのだけれど、やっぱりシトシトジトジトは鬱陶しい。ワタシは雨、嫌いです。農作物や飲み水で困らない程度降ればよろしい。雨の中、痛み止め飲み歯痛をコラえつつ取材&撮影。11時過ぎに終了。昼食取らず、合宿所に置いてあるネスタで東京へ戻り歯医者さん直行。やはり犬歯の神経が自然死し、炎症を起こしていたそうな。ドリルで穴開けホーニング。薬詰めたら見事に痛みが引いていく。ただ左頬まで腫れているため、抗生物質を飲むようにとのこと。夜は打ち合わせを一件。
7月24日 機中で連載の原稿を2本仕上げる。相変わらず歯は絶好調の痛さ。歯医者さんに行くまで、痛み止めの連用しか手は無さそう。ムカシのヒトなら抜いちゃうんだろうなぁ。それともムシ歯など珍しかったのだろうか? ワタシの場合、目は悪いしムシ歯も多い。おそらく江戸時代とかに生まれたら、めちゃくちゃ苦労したハズ。そんなことを考えつつ(調子いい時は忘れてる)成田着。16時46分発の成田EXPで東京駅へ。打ち合わせを1件済ませ、19時20分発の新幹線に乗り湯沢まで。駅の近所にあるお寿司屋さんでavの取材チームと合流。食べて飲んで魂の人生ゲームに突入す。破産こそしなかったものの、負け。
7月23日 時差がやっと解消。6時過ぎまで目醒めず。東行きの時差を取るの、大変です。と思ったら帰るのだからトホホざんす。13時5分の飛行機ながら、セキュリティチェックが厳しいだろう、と10時に出ると空港は50分で到着。しかしあっけなくチェック終了。ANAとJALと大韓航空しか出発便のないターミナルとあって、当局もピリピリしていない。飛行機も30分遅れたので、2時間半ヒマを持て余す。実は昨日から左の犬歯の歯根が痛み始めたのだけれど、本格的になってきた。こらもうお医者さんに行かないとダメ。離陸して高度を取ると気圧下がるため、一段と痛みを増す。ガマンしきれず痛み止めを飲む。以前エジプトに行った時に発症した時は、最終的に強力な痛み止めが3時間しか持たず顔半分が腫れてしまったほど。今日は成田から行っても間に合わないので、明日までガマンか。そろそろ本格的な歯のオーバーホール時期である。良いお医者さんを捜そう。離陸後6時間で日付変更線を通過。
7月22日 6時に起きて原稿書き。今日も8時からLA近郊で試乗と撮影。乗ったクルマはCTの8月26日売り号にて入魂の試乗記を。日本は梅雨空のようだが、こちらは気持ちの良い晴れ。LAに来る度に感じるのだけれど、渋滞増える一方。考えてみれば人口がサチュレートしてる日本と違い、ヒスパニック系を中心に人口は毎年1%以上増加しているのである。毎年1%増えれば、道路増やしても追いつかぬ。逆に経済も活性化するということです。アメリカと日本は違う経済基盤の上に乗っていると考えるべき。取材終了後、久々にダウンタウンのリトルトーキョーへ行く。ムカシは大にぎわいだったものの、今や寂しいの何の。お土産屋さんにもお客が入っていない。どうやら日本人相手の商売から、現地の人向けの商売に切り替えることを真剣に考えているようだ。確かに日本人観光客に取ってのLAは、海やテーマパーク、アウトレット。リトルトーキョーの雰囲気と違いますね。
7月21日 5時に起きて原稿書き。8時からLA近郊で試乗&取材を行う。CT鈴木兄と組み、乗ったり写真撮ったり。考えてみれば久々のLAである。10年くらい前は年間5〜6回来ていたのだけれど……。クリーンなクルマが増えたせいか(正確には古いクルマが減った)、スモッグも薄くなったような感じ。そういやバスだってCNG(圧縮天然ガス)が大幅に増えており、黒い煙を吐く車両はほとんど見ない。聞けば「実現不可能」と言われてきたZEV法案が最終決定したそうで、3年後は少なくとも新車についちゃ大気レベルのクリーン度を持つモデルばかりになりそう。紆余曲折しつつも、役人の正当な意見をキッチリ通した。こういった姿勢、日本も見習うべきだと思う。ZEV法案の件、8月10日売りのベストカーのコラムで詳細を。ワタシにとってLAと言えば買い物だが、昨日も今日も時間全く無し。遊びに来たんじゃないから仕方ないけれど「LAで買えばいいや」と、明後日以降着るシャツを持ってきていない。どうしようか? かといって空港で売ってる地名入りTシャツ買う気にもならず。
7月20日 今日はお昼過ぎの飛行機でLA(英語の発音と全く違うこともありロサンゼルスをLAと記すヒトが多いですね)まで移動。空港のセキュリティチェックに備え、トラブルになりそうな”ブツ”を処分する。実は昨日、手荷物チェックの際(担当は黒人のお姉さん)、カバンの中から愛用の『ブラック&ブラック』ガムが出てきた。パッケージ見た瞬間、顔色変わり「こらなんだ!」だって。確かにビミョウなネーミングではあります。そこで「とってもウマい!」。どんな味なんだ、と聞いてくるので「いや、クールだよ。グッド!」。どうやら気に入った答えだったらしく、フンフンと鼻歌唱いながら持ち物をしまい出した。今日はトラブルの原因になるとイヤなので朝、全部噛んだ。幸いあっけないくらい簡単(クツも脱がされずボディチェックすら無し)にゲートを通過。やれやれ、であります。全席自由席という『サウスウエスト航空』でLAまで4時間。少しでも快適な席を取るべく40分前から並んだものの、すでに非常口前は全て無し。通路側を確保し、隣に細い人がくるのを祈る。立派な体格の人だと、肉のみ越境されてしまう。もちろん領域侵犯を訴えてもムダ。幸い普通の体格の男性で一安心。到着すると「いかにもLA」という天気で気持ちよい。暑いけれど、湿気無く日陰に入れば快適なのだ。今日はパサディナのホテルまで移動し、明日から始まる取材の打ち合わせ。
7月19日 昨夜から寝ず吉祥寺6時30分発の成田行きバスに乗ると、8時半前の到着。う〜ん。飛行機11時15分発なんですけど。しかも眠気に襲われ、意識混濁状態のため原稿など書けず。そのまま幽霊のように飛行機に乗り、寝てるのか起きてるのかワカラン状態でシカゴ。着くと入国審査のコンピューターがダウンしたとかで、1時間半くらい待たされる。この間、乗り継ぐ飛行機は飛んでもうた。2時間後の便に乗るべくセキュリティチェックに行くと、厳しいとか厳しくないとかそんな問題じゃない。荷物はX線検査など無視し、全部開けてチェック。人間も金属感知器など無視(どちらもゲートは通る)。靴脱がされて身体中触られまくり、携帯金属探知機でくまなくチェック。しかも態度悪い上、凄くガラ悪そうな白人の兄ちゃん。利用者が払う空港使用料で雇われている、ということを認識してないのだろう。ワタシら、客でありスポンサーなのだ。日本の空港の職員にも言えることながら、チェックは厳格かつしっかり行いつつ、サービス業だということを忘れないで欲しい。ちなみに日本の場合、態度悪ければ文句を言うべき。ヤンキー風の兄ちゃんが職員に逆らっても「またかよ」と思われ効果無いだろうが、キチンとした社会人がハッキリとクレーム付けりゃ少しは効くだろう(ただ他の国でクレーム付けるのはマナー違反。せいぜいムッとするくらいまでの抗議に留めたい。イヤなら行かなければいいのだから)。それにしても他の国に爆弾落として罪もない女子供まで殺すと、飛行機乗るのに驚くほど厳格なチェックをやらなくちゃならぬ。自分の国がこんな情けない状態になったら最悪です。
夜はナッシュビルでインディカーシリーズ。始めて観るナイターだったが、予想以上に快適。こら流行るハズだワ、と思う。それほどオーバルレースに詳しくないワタシが見ても「ピットのタイミング悪いな」と感じさせるチーム側のミスで虎之助は7位。予選3位で、レース中も度々1位になるなど、速さからすればしっかりベスト3の実力を持つのに……。結果はトヨタ勢の圧勝。表彰台を独占す。モータースポーツジャーナリスト以上にレース通のCT鈴木兄に言わせば「チップガナッシやペンスキーの戦略は凄い」そうな。今日は1日34時間。ホテルに帰ってジャックダニエル飲んで寝。
7月18日 時差が抜けず今日も12時まで寝。1時から取材一件。差し迫った原稿は終了したため、ムスコと近所のバイク用品屋さんに行く。今まで存在していることすら知らなかったのだけれど、凄く大きな用品屋さんである。結局2時間くらい見てしまった。いやぁ〜浦島太郎状態です。こんなにバラエティ豊富な用品が出回っているとは! ワタシの世代、バイク用品といえば新目白通りの東京堂。おそらく当時の千倍は商品あると思う。バイクにカムバックしたオジサンはぜひ行ってみるべき! 先日買ったエアバッグ付きウェアも売っており、通信販売より安かった。しょぼ〜ん。予約していたベストはキャンセルしましょう。夜、ツインリンクもてぎで開催される『K−TAI』の打ち合わせ。メインの7時間は抽選落ちしたので、前日に行われる”抽選落ち組”のための3時間耐久を楽しむつもり。
7月17日 昨夜(今朝か?)6時まで原稿書きしてたので12時まで寝てようと目論んだが、家の隣で工事中。今日は重機入っており揺れるのなんの! 9時半に起きてしまう。最低6時間寝ないと気合い入らない。昼からVTRとムスコのKDX125で霞ヶ関の家裁に行く。なんの用件だったのかは次号ベストカーのコラムで。けっこうKDXで練習しているらしく、だいぶ上達したようだ。29日に中型免許の限定解除を受けに行くのだとか。ちなみにワタシも試験場で免許取ったのだけれど、中免2回。限定解除2回で合格でした。ちなみに限定解除に合格した時は、当時府中の”ヒール”だった中川試験官。絶対合格させないらしい、というウワサだったものの、なぜか合格。というか一切ミスしなかったら、あれで落とせば本物の”悪党”だ。VTRは街中を移動するのにちょうどいい感じ。帰って朝4時まで原稿書き。
7月16日 12時まで寝ちゃいました。起きると腰や背筋が痛い。パワーボードの疲れだな、こりゃ。夕方までに締め切りの原稿を仕上げ、XR250モタードの返却のため青山へ。次はVT250の後継車にあたる『VTR』です。オヤジにとっちゃ気軽に乗れるサイズだし、それなりにパワーもあって楽しめる。帰り道、新宿のヨドバシカメラでデジカメ選び。メイン用を買うかサブ用を買うか迷った末、ソニーの『サイバーショットU』に決めた。海にも持っていくサブ用ですね。1,5m防水だったりユニークなデザインだったりする魅力に勝てず。考えてみるとソニー製品を意識して買ったの、何年ぶりだろうか? 自宅に帰ってテスト撮影してみたら、画面サイズが2種類からしか選べないなど機能面でイマイチ。液晶モニターも携帯電話より小さく、画質極めて悪し。どんな映りなのか全くワカランです。展示品は電源入らない状態で置いてあったのだ。これなら505シリーズの携帯電話で十分だったか? 失敗したかもしれません。
7月15日 ANAのシートってほとんど真横になるので、よ〜く眠れます。起きたら日本時間の12時。6時間くらい寝ました。日本海を渡り新潟市上空から日光を通って成田着陸。寝てても仕事しててもヨーロッパは近くなったものである。幸い道路は順調に流れ、夕方5時ちょい過ぎに帰宅す。それにしても東京近郊のディーゼル車、黒煙を吐かなくなったと思う。よい傾向である。夕食後、1時間ほど寝て入魂の原稿書きに突入! 結局朝6時まで原稿書きしてしまいました。ただグッドウッドは原稿書いていても楽しい。明け方、古いクルマ見たせいか気分が乗って1964年(40年前)のワインを開けてしまう。一回リコルクしたそうだけれど、コンディションに全く問題なく、美味しい。もう一本あったので買ってこようと思う。
7月14日 今日も4時に起きて原稿書き。飛行機が夕方だから、それまでパワーボートの試乗会に参加する。225馬力(MDX用の3,5リッター)4ストローク船外機を細長い艇体に搭載したもので、もちろんレース用。ナビシート(フルバケットです)に座り、スロットル全開となった途端「これは!」。外洋も走れるパワーボードということだから、波があってもショック無いかと思いきや、東京湾を17フィートくらいのボートで走った時より厳しい乗り心地なのだ。波でジャンプするので上下方向の「動き幅」は荒れたグラベルのラリーカーと同じく2〜3mに達し、落ちたときの衝撃たるや「ほとんど叩き付けられた」感じ。しかも! 1時間くらい走って船を乗り換えるというから小用を済まさず乗ったら、途中から極めて厳しい状況に。かといってトイレもなく(結局どこにも上陸せず2時間20分乗りました)、カラータイマー点滅してからたっぷり1時間くらい修行してしまった。漏れそうな状態でパワーボートに乗ったらアカンです。飛ぶたびに危機到来す。ちなみにGPSの速度計によると最高速度80〜85キロ。飛んでる写真は次号のベストカーでどうぞ。笑ってるけどP波(縦揺れ)攻撃を喰らい極めてシビアな状況。それでもメチャクチャ楽しい。機会あったら自分でも操船してみたいです。とりあえず船舶免許は持ってますから。アタマから塩水さんざんカブってヒースロー空港へ。ラウンジでシャワー浴び、19時40分のANAの人に。食事済んだ頃、日付が代わる。

7月13日 今日もグッドウッド。それにしても本田宗一郎さんて凄いと思う。1954年にマン島TTを見るや「ここに出る!」と宣言。考えて欲しい。当時のホンダ製バイクと言えば、OHVばかり。経営も危機的状況にあった。なのにマルチシリンダーのツインカムも登場し始めた2輪GPへ出ていこうとしたんだから驚く。そして10年後、2輪GPの上位はホンダ一色になってしまう。イギリスのパラレルツインを駆逐したイタリアのマルチ(MVアグスタが有名)に引導を渡したのである。同時にF−1参戦を発表し、鈴鹿サーキットまで作った。もし本田宗一郎さんが居なければ、自動車産業は世界レベルに達していなかったかもしれない。少なくとも日本のモータースポーツに於けるホンダの役割は大。そのあたり、グッドウッドの観客はよ〜く解っており、大歓迎されている。ホンダに対向出来るメーカーがあるとすれば日産か? サファリラリー仕様のブルーバードやPA10、モンテ走った240Z、IMSA−GTPやル・マンカー、そしてポルシェと真正面から戦ったR38Xシリーズだって現存してます。ドライバーも黒沢師匠に始まり、高橋さん、長谷見さん、星野さんとキラ星揃い。還暦過ぎた「ガン爺」こと黒沢元治師匠がコーナーでバタバタとハネの動くR381に乗り全開で走ったら、グッドウッドの観客もウナるか。日産が完全復調したらぜひ!

7月12日 今回はグッドウッドで行われている『フェスティバル オブ スピード』(ヒストリカルなレーシングカーのイベント)取材が目的。詳しくは次号のベストカーを読んで欲しいけれど、まぁクルマ好きならノーテン混乱の極みに達するようなイベントであります。どれから手を付けていいのか解らなくなるほど。走行展示も面白い。レーシングカーのイベントだけに、メーカー系(ポルシェやフォード、BMW、ベンツ、もちろんホンダも)は自分のミュージアムから全開で走れるクルマも持ち込んでおり見応え満点! 現代のF−1も走る。佐藤琢磨選手は昨年型のBARホンダでサービス満点! スピンターン決めようとして失敗したのは大ウケだった。続いて走ったモントーヤは見事にスピンターン決め大ウケ。佐藤選手、マスコミ受けは悪いけれど(ワタシは応援してます。だから今日もインタビューセッションあったのだけれど、嫌いになったらイヤだからあえて加わらない)、プロなんだからファンから支持され、結果を残せばいいと思う。5時、後ろ髪を引かれる思いでお帰りのバス。まぁ明日もあるさ。食事して早寝。明日も4時に起きて出発時間の8時まで原稿書かねば!

7月11日 今回は成田空港までANAの『あいのりタクシー』を頼んだ。自宅まで迎えにきてくれ、空港まで5千円。成田EXPのグリーン車より安い。11時40分の便ということで、8時にお迎え。朝の渋滞時間だったものの、割と流れ9時40分着。こら便利です。これからANAの時は使いましょう。出発までの間、ラウンジで原稿書き。何とか1本仕上げ、ロンドン行きに乗り込む。機内でもバッテリー借りて(シートにAC電源付いてるのだけれど調子悪く使えませんでした)原稿書き。仕事してると12時間のフライトもあっという間。夏に入ったイギリスは晴れ。天気悪いイメージが強いイギリスながら、晴れた時の爽快さときたら「可愛いい女の子が笑った」時みたい。到着後、バスでドーバー海峡に面したブライトン。到着は夕方6時(日本時間だと朝3時)。夕食終わったら9時(同6時)。まだ明るいけど、さくさく寝ます。おそらく暗くなるのは10時半くらいかと。
7月10日 恵比寿で行われるSTiのモータースポーツミーティングに行く。ラリー関係者勢揃いといった感じ。そこで複数の知人から気になる話を聞いた。9月に行われる北海道ラリーだが、どうも順調じゃないらしい。このままだと来年のWRC化は極めて難しい感じ。かといってアルペンラリーが復活する兆しも無し。せっかくラリー人気は高まっているのに、どうも上手く回らない。アルペンラリーだって順調にいけばWRC昇格のチャンスは十分あった。人気がないのでなく、空中分解しちゃうのだ。やっぱり日本でのWRC開催は難しいのだろうか? もし出来るとすれば、お台場スタートの群馬&埼玉地域開催だと思う。すでにオフィシャルのレベルだってWRC並です。もう一つ。三菱が来シーズンの開幕戦からWRCに復帰するが、マキネン復帰というウワサもあるらしい。まぁこの手の”怪情報”はゴマンとありますけど。会場ではSTiの桂田社長や新井選手のインタビューなど。2時にお開き。そのまま家に直帰し、原稿書きに次ぐ原稿書き。夜1時過ぎにやっと大作を脱稿。XR250モタードにも乗りたいが、本日も雨。
7月9日 朝から入魂の原稿書き。書いても書いても終わらない大作です。脱稿は明日の深夜か? 2時に家を出てFM群馬の収録のため前橋へ。途中、電器屋さんに寄ってデジカメのチェックなど。実は先週流れの速い場所で潜った際、愛用してたキヤノンを流してしまったのである。しくしーく! 取りに行こうモノなら命の危険さえある場所だったので、あっさり諦めた次第。次は水中撮影用のハウジングなど買うまい! ただ水に濡れたり、落としても大丈夫なタイプにしようと思う。帰りは順調。新座の料金所から外環と首都高を通って帝国ホテルまで30分で着いてしまった。マツダのブース社長主催の懇親会が行われるので出席。そういえば昨日あったホンダの福井社長の新任パーティ、箱根取材のため行けず。帝国ホテルには日記でお馴染みの松下さんや岩貞さんに来ていました。挨拶を聞き、帰宅して原稿書き。ちなみにカーツスーツ(筋トレ&シェイプアップ)は、お約束通り1日起きにやってます。ただ効果あるか依然解らず。沖縄で焼けた皮が剥け始めました。
7月8日 朝イチで青山のホンダに行きCB400SFを返却。お次は最近人気の『XR250モタード』。広報の方には「スケジュールが空いているバイクなら何でもいいです」とお願いしてあるので、行くまで車種不明なのだ。こういうのも楽しいです。今日は青山から首都高/東名道/小田原厚木道路経由で箱根ターンパイクの金魚コーナーへ(金魚いる小さな池があるのでギョウカイじゃそう呼ばれる)。250のオフロードバイクだと高速道路での100キロ巡航は厳しく、90キロで淡々とクルーズ。支払いはETCカードを使う。これならSuicaと同じじゃんか! 何でもETCカードのICチップ、Suicaに使われているICチップと同じものらしいし。金魚コーナーに行くと同業の岡崎五郎君が居て、今度XR250を借りるそうな。みんなバイク乗ろうや! 撮影終了すると雨。カッパは持ってきたものの、やっぱ冷たいし辛いです。ただ覚悟を決めて走り出すとムカシ取った杵柄というヤツか、全然イヤじゃない。むしろ「う〜んマンダム!」(オヤジにしか解るまい)の気分。しかし予想外に身体が冷えたらしく、家に着くやぐったり。とりあえず2時間ほど昼寝してから原稿書き。先週金曜日にファイルをぶっとばし、実は沖縄でも毎日原稿書きしてました。これから10日間くらい全く”のりしろ”の無い状況が続く。
7月7日 いやぁ遊びすぎました。しかも昨夜はモノレール終電JR中央線終電で、自宅に着いたの1時20分。それからウマい赤ワイン開けて飲んだりしてたら、3時近くになってしまったのである。起きると、寝たのに疲れているから困ったモンです。ユンケル飲んで原稿書き。お昼食べ「こちらに来ないと何も答えられない」と言われたJHまでトラヴィックで行く。すると往復とも首都高でETC稼働せず。やっぱり特殊なガラス(電波を反射する)使っているため、安定して使えないようだ。かといって車両の登録変更するにゃ再びシノギをブン取られるし。どうしたもんだか。JHの取材は7日のTOPでも書いた通り、新しい情報無し。ガックリ疲れて帰宅し原稿書き。時間に余裕あればいいけれど、締め切りに追われている時にやる取材じゃありません。「ユーザーに喜んでもらえるよう、良い物を作ろう!」と一生懸命開発された自動車の記事を書いていると気持ちが明るくなりますね。
7月6日 今日も快晴。1本目はベテランのみのチームでヤカビ島の『高内瀬』へ。船で沖合いのボイン卜へ向い、ロ一プ伝いに潜行。川のような速い流れのあるボイントなのでみんなコイノボリ状態である。流されたらオシマイです。スキーで言えば上級者限定の「35度コブ斜面。凍ってますね」と言ったところ。このボイント古代遺跡か? と思われんばかリに切立った岩がそびえていてダイナミック。流れが速いだけに透明度もメチャクチャ高い。しばらく岩に掴まり待機しているとイソマグロが悠々泳いできました。地形派、大物派ダイバ一にはたまらないポイントです。2本目は打って変わってビギナーと一緒に、ファミリーゲレンデのようなアゲナシク島の『アダン下』。透明度も落ちていてちょっと物足らない感じ。こんな時は、プカリと水中に浮かんでましょう。これもまた心地よい。しかしちゃんと「光る貝」は見ておきました。もちろん今日は飛行機に乗るので、制限速度を守るが如く2本とも深度は「水面」のようなもの。お昼に終了し、帰りの船を待つ間にスキンダイブにでかけました。ヒズシビーチはすこし沖に行くだけで綺麗な珊瑚礁や魚たちが見られるお気に入りのポイント。流れもなく初心者でも安心して楽しめると思います。帰りは300mくらい沖からビーチまで3人で競争。勝負つかず同着残念。意地を張り過ぎ本日の体力カンペキに売り切れ! いやぁ楽しい週末でした! 後ろ髪を引かれる思いで那覇へ渡り、最終のJALで羽田へ。(代筆 juha こと関野)
7月5日 ライセンスを取得しに来た二人は午前中『アダン下』。午後は『ゲルマクラック』というところを講習で潜ってきたそうな。それにしても24歳の南君が、なんとまぁ体力のないことか。水の中に入るとそこそこの動きをするものの(国沢注・ホントかね?)、船の上じゃ呼吸が荒く、オマケに息をしっかり吐き出すためにわざわざ毎回「う〜っ! う〜っ!」っとウナッてるらしいです。宮本君が何やってるんだとたずねてみると、どうやら酔っている模様。本人にとっては必死なのだろうけどまだまだ修行が足りません。夜になり、関野君と酒飲んでいい気分になっていると、ライセンス取得組が別のグループである50代後半のおばちゃん達と筆記試験の勉強してるでないの。どれどれと覗いてみると、あらら、おばちゃん達は一生懸命メモを取っているのに対して、2人は真剣さが足りん! 大丈夫かね? といささか不安になるも、試験結果は2人とも良好。ただし1人は原付試験なら不合格の点数(国沢注・そら南君だろが!)。やはりまだまだ修行が足りません。驚いたのがおばちゃん達で、一生懸命メモをとって真剣そのものだったのに、いざ試験となると直前に説明のあった箇所も結構間違えているのだ。一体何を真剣に聞いていたのだ? ま、それでもインストラクターの指導により全員合格。講習&試験終了後は皆でデッキから海と星を眺めながら泡盛修行し、宿に帰ってから更に泡盛修行し、沈没。(代筆 Nankei こと南 講習組)
7月4日 一便の高速船で阿嘉島へ 。天気よく波低く快適な乗り心地、後半はデッキで潮風を堪能。澄んだ空と青い海で非日常への切り替えスイッチ入りました。到着後仲間のうち2人は今回ライセンス講習なので別々に分かれ、ワタシたちは早速1本目の『久場西』へ。講習組はビデオ学習からとか。しかし帰って来るとまだビデオ見てるでないの! 結局、合計みっちり3時間見たらしい。昼過ぎ、実地ダイブ講習。船上で装備の装着説明受けている南君は「空気圧をエアゲージで確認」と言われた際、裏のコンパスを「オレのメーターは違うのが付いている! 交換してくれ」といった目つきで見てるでないの。ぎゃはは! しっかり外野から指導しておきました。その後ダイブ実習終えてきて、南君の様子を聞くと、浮上練習の際、ベストからエアを抜きながらゆっくり浮上しなければならないのに、エアを入れていきおいよく浮上をしそうになってしまったらしい。深いところで間違うと生命の危険があります。やはり、勉強は大切。今回ライセンス取得講習を受けたのは、仲間2人と女性と夫婦の方々4人だったのですが、御年58歳&59歳とのこと。普段スイミングスクールに通われているお仲間なのだとか。シルバーエイジの諸先輩方の輝きを見て頼もしさも感じるのと同時に、ワタシたちも負けないようにがんばらねばいけません、と反省しきり。2本目は『佐久原の水道』へ。講習組はビデオの続きでお勉強。6時過ぎに本日の講習終了とともに宿に移動して夕食。のんびりと過ごす島の時間を堪能しつつ同宿の方々と歓談。夜も更けてきたところでオトコ4人で星見て感動す。雲も無く天の川がはっきり見えて最高の条件でしたね。宿に戻ると当然の如く修行が始まる。 途中ダイブマスターが自家製の試作スモークポークをつまみにと登場しさらに激しい修行へと入る。明日も潜るので早めにお開き。夢の中へと潜水。(代筆 J FOXこと宮本 講習組)
7月3日 午前中気合いの原稿書き。仕上げないと遊びに行けません。予定していた分を1時過ぎにアップし、横浜の先まで行って取材&撮影。何とか雨降る前に終了。その足でスイフトスポーツの返却を。予想外に燃費良く、街中と相当ハイペースな法定速度内での高速道路走行を含め11、2キロ/L。高圧縮比のエンジンは熱効率良いことを改めて感じた。絶対的なパワーこそ115馬力ながら、ガンガン回しても燃費悪化しないヨーロッパ車のエンジンみたいなのだ。お次は羽田空港へ行き、19時55分発のJALに乗って那覇。原稿書きしていると那覇まであっという間です。着陸の画像見てびっくり! 普通、横風の時って風上に機首を向け横滑りしながら進入する。当然ながら飛行機の進行方向は滑走路に向かって真っ直ぐ。しかし今日の進入、滑走路が右の方にあって飛行機は横滑りせず飛んでいる。どうやって降りるつもりか? と思っていたら、横風に流されているのだろう。徐々に滑走路が正面になっていく。着陸寸前になると滑走路正面。つまり平行移動しながら滑走路端まで持ってきたワケ。計算ずくだったのだ。こら職人ワザです。那覇空港で昨年も潜りに来たネットのメンバーと全員集合。ホテルにチェックインし、厳しい厳しい泡盛修行だす。
7月2日 朝から原稿書き。単行本の企画案を頼まれているのだけれど、締め切り間際の仕事が全然終わらず。明日のお昼くらいから余裕出来るか? 昼ご飯のついでに石神井公園にあるクイーンズシェフまで在庫切れした赤ワインを買いに行く。ここ、けっこう面白いワインあります。ワタシの家から半径3キロ圏内じゃイチバンか? 手頃な価格で1964年モノがあったので購入す。1回リコルクしたそうな。もう一本あったから、ウマかったら買いに行こうと思う。あまりグレードの高いワインじゃなかったけれど、40年前にゃ変わりなし。夕食後の一休みでTVのバラエティ番組見てたら、CM開けてからの「だぶり」多くてアタマに来た。そんなに引っ張りたいのか? それとも無理矢理延ばしたのだろうか。おかげで原稿書きに入れました。
7月1日 早くも2003年は後半に突入である。トシを取ると時間の経過が早く感じるのはなぜだろう。朝から順調に原稿書き。お昼は長野に住んでいる叔母と近所のサンマルク(パン屋さんのレストラン)。隣のテーブルのおばさん見たら、お皿に「うおおぉぉぉ! そんなに食えるのかぃ!」と驚くくらい山盛りのパンパンパン。さらに途中でお代わりまでしちゃってる! だから太るのよ。小さいパンなれど、15個は食べてたもの。帰って原稿書き。途中、TVで無限の本田博俊さんが逮捕されるという報道。本田さんは少なくとも脱税して私腹を肥やすような人ではない。というか、そんな必要など無いと思う。おそらく一緒に逮捕された人の言うことを聞いていただけだろうけれど、やはり経営者として「全く知らない」じゃ済まされないということです。今回の騒ぎが収まったら、何か社会に還元し名誉を挽回して欲しい。「オヤジさん」が御存命ならどうしたか? そう考えると、やるべきことも見えてくるんじゃなかろうか。