3月31日 午前中は南君に手伝ってもらってカタログの整理。いや〜カタログってすぐ溜まる! 床が半分見えなくなってしまっていたけれど、大幅に改善されました。そのイキオイでプリウスのタイヤ交換したり、125ccバイク見に行ったり。それにしても”良い売り物”ありません! どなたか「売ってもいい」という方、いらっしゃいましたらお願いします。夕方から原稿書きに入る。なんとか巡航ペースで終了。明日から人事異動などあって新しい環境になる方も多いようだ。長引きそうなイラク戦争、支持を打ち出した日本は、多大な出費を余儀なくされそうな雰囲気。
3月30日 ムスコがバイクを買うという。125ccのオフロードバイクなら半分出してやると言ったら、早速行こうだって。久々に中古のバイクを見に行くと、まぁ驚いた。走行距離怪しいのは当たり前。相場だってとっても高い。なんせ20万円の予算じゃコンディションの良い125ccを買えないのだ。こりゃバイクが売れないのも解ります。自動車だって20万円出せば買えるのに。雑誌で目星を付けていたXLR125は売れてしまったとのこと。根気強く探しましょう。お昼からネットで募集したお花見会。幸い雨は降らなかったものの、肝心の桜が咲いてない。昨年は同じ時期にやったのに、全部散っていたし。ま、花見にかこつけての集まりだから、楽しければいいです。誕生日が近いと言うことで素晴らしいケーキを作って頂きました。1時から開始し、気が付いたら6時。

3月29日 朝から原稿書き。仕事の合間にお医者さんへ行ったり、本屋さんに行ったり、小型船舶免許の更新手続きしたり。久々にマウンテンバイクをメンテし、走り回ると「なんだこりゃぁ!」ざんす。メチャクチャ疲れる。ムカシの印象強く残っているせいか(中学生の時に東京から松本まで1日で走ったこともあります)、自転車乗ると全開じゃないと気が済まぬ。もはやトシなので、スキーで使う筋肉以外落ちてるんだろう。ま、無理する気もないけれど、多少は鍛えなあかんなぁ。終日原稿書きしたりTV見たり。平凡な日でした。
追記 昨日の日記で「空走距離の28mは長い」と書いたところ「身体に障害ある人の踏み替え基準は1秒。したがって遅い人でも0,5秒という表記はいかがなものか」といった内容のメールを頂いた。よく読んで頂ければ解るけれど、ワタシが書いたのは事故調査の基準についてである。一度「100キロ走行時の停止距離は116m」と決めてしまえば、事故調査もこの数値を当てはめてしまう。停止距離というのはクルマやドライバーによって大きく異なり、一概には言えないのだ。1秒という基準があるなら、それでいいのではないだろうか。
3月28日 朝から原稿書き。まぁまぁ良いペースである。仕事の合間に免許証の更新に行く。『優良』運転者ということで講習はVTR見て5分くらいハナシを聞くだけ。改めて教本など読むと、100キロからの緊急停止時は空走距離28m。ブレーキ掛けてから停止するまで88mと書いてある。なんじゃそりゃ? 空走距離28mということは、危機を発見してブレーキ踏むまで1秒もあるということ。遅い人だって0,5秒くらいだろう。停止距離もJ−NCAPの試験では最も長いバモスのウエット路が59、4m。短いランサーセディアだと43、9m。88m(空走距離と併せれば116m!)の停止距離のクルマなんてイマドキあるのか? こんな古い数値を使っている限り、まともな事故調査など出来ないとシミジミ思う。ちなみに100キロで走行中、赤ランプ見てブレーキ踏むテストしたことあるけれど、完全停止まで47mだった(ドライ路面)。ケーキ買って帰り原稿書き。
3月27日 6時起きで箱根へ向かう。本来なら11時から取材の予定だったのだけれど、天気崩れそうなので前倒しとなった。ま、9時に環八走るより、6時台の方が流れて気持ちよい。小田原近辺までは晴れで気温も高かったものの、目的地に近づくと強風の上、気温7度! おいおい冬だよ。一同ガタガタ震えながら置きの撮影。ワタシのコスプレ、寒いの寒くないの! 風邪が良くなると、寒冷地テストの繰り返しざんす。終了後、テストコースに移動したら気温19度だって。セーターでも汗ばむくらいだ。箱根の山が気象に大きな影響を与えていることを実感します。東京に戻り、スバルのディーラーでクルコンスイッチ付きのウィンカーレバーをオーダー(作業は簡単だからウチでやるつもり)。タイヤ屋さんに寄り、昨年10月にバーストしたプリウスの夏タイヤをオーダー。純正のブリヂストンB391は工賃込みで9950円なり。いっそのこと4本交換しようと思ったが、まだ9分山なので1本だけにしました。帰って原稿書き。
3月26日 9時秋ヶ瀬公園集合なので8時に家を出ると、あらま激しい西武線渋滞じゃないの! 踏切から1キロ以上渋滞しており、しかも開かぬ。かといって9時までは迂回路も通れず、なんと踏切通過に30分! せめてもう一カ所立体交差が欲しい。今日はフェネックの取材で、ヒョウロンカの試験を受けさせられる。車庫入れなんかもやらされたさぁ。結果はお楽しみに。終了後、家に帰って原稿書き。気分転換にトラヴィックのタイヤ交換すると、またパンクさぁ! ここ6ヶ月でパンク5本だって! それ以前の6年では1回もパンク無し。続く時ってこんなもんか。パンク修理道具買いにいったりし、2時間半も掛かってしまった。イラク戦争の映像を見ていると凄い砂嵐。空母からアフターバーナー吹かして発艦していく戦闘機の後ろからも火の粉(砂嵐の中に含まれる物質が燃えたモノ)出てる。砂漠の砂は粒子細かいので、エンジンの寿命が短くなるだろうなぁ。
3月25日 体調悪し。どうやら先日来の風邪を22日の取材で(めちゃくちゃ寒かったです)再起動させてしまったらしい。午前中に東京へ戻り、お医者さんに行く。診てもらうと「お腹の風邪ですね」。ここ2年間くらい飲むのを避けていた抗生物質の世話になることとした。夜、近所でバイクと自転車の事故。駆けつけたら横たわったおじさんは反応せず。こりゃ大変と思って全身の様子を見るも、問題なさそう。再度大きな声を掛けると「眠いんだよ〜」。凄くアルコール臭い。「痛いところはありますか?」と聞くと「ない。一緒に飲んでた相棒はどうしたのぉ〜?」というので目撃者に聞いたら「そういえばスクーターに乗っていた人がいたんですけど、いなくなっちゃいました」。救急車来て事情を説明すると「とりあえず問題なさそうですが、念のため病院に連れて行きます」。バイクの若い子もケガ無し。救急車より10分近く遅れてやってきた警察官に事情を説明し終わる頃には、折からの雨でビショビショざんす。風邪に悪そうです。大きなケガなくてよかったと思う。
3月24日 午前中原稿書き。今日も昼から加山で2時間くらい気分転換。TVを見ていると、放送局によってずいぶん印象が異なる。NHKは開戦当初、非常に客観的な報道体制で好感持てたが今や極めて政府に近い。政府から依頼されたのだろう。捕虜の映像も流さず。国営放送なのだから仕方ないけれど「う〜ん」だ。いわゆる大本営発表というヤツを自分自身で見られるとは思わなかったです。戦争支持派にすすめたい。こういった時は、民放の方が中立だと思う(民法ではTBSが最も政府よりに感じる。報道の量も少ない。フジTVと日本TVは頑張っている)。それにしてもイギリスは可哀想である。トーネード戦闘機が米軍のパトリオットで撃ち落とされたり、ヘリコプターが落ちたり、米軍に銃撃されたりして多数の犠牲を出しているのだから。
3月23日 午前中原稿書き。昼から気分転換を兼ね、2時間ほど加山に行き滑る。2時頃と3時頃、轟音立て低空で(800m級の山頂より低い)単機のF/A18ホーネットが通過。この地域の山は、ロープウェイも多い。以前イタリアのスキー場で米軍機がロープを切断し、大型のゴンドラを落下させ多数の死者を出した事故があったのを思い出す。三俣スキー場のロープウェーなど非常に危ないと思う。どういった意図で低空飛行などするのだろうか。夕方から原稿書き。風邪は治ったものの、お腹に残っているらしく毎日厳しい状況。
3月22日 衝突安全性にはアクティブセーフティ(事故を回避するための機能)と、パッシブセーフティ(衝突してしまった時の安全性)の二つがあり、解りやすさやカッコ良さからすれば後者なれど、本当に重要なのは前者だと言われる。国と国の衝突も同じ。日本はパッシブセーフティのためアメリカ、ロシアに次ぐ世界第3位の軍事予算を使う(イギリスより30%も多い)。その割に冷戦が終了した今、衝突を起こしそうな相手は1国くらいしか思い浮かばない。となれば軍事費よりもっと上手なお金の使い方があるんじゃなかろうか。ハッキリ言えば、北朝鮮と上手に付き合えるなら、軍備は「犯罪者」を鎮圧出来るだけで十分だと思う。半分にしたって問題なかろう。なのにパッシブセーフティばかり重視し、アメリカに徹底追従するという。10時まで戦争関連の情報を扱っているTVを見る。識者も戦争肯定派(というよりアメリカの言うことなら何でも聞く派)と、反戦派に意見が分かれているようだ。午後からザフィーラ&トラヴィックオーナーのオフ会に行く。驚くべきは皆さんの詳しさ。メーカーの担当者よりいろんなことを知っており、勉強させてもらいました。一番収穫だった裏ワザは、7千円程度で純正のクルーズコントロールを付けられると言うもの。早速試してみます。
3月21日 あっという間の4日間だった。午前中はプールでノンビリ過ごし、ホテルで食べ放題7,95ドルの昼食。今にもタイヤがモゲそうな振動出す(確認したがボルトなどの緩みはない。シャフトの曲がりか?)ポンコツエコーに乗り空港へ。ボコボコのクルマを一回りチェックしてるのを見て「意味あるのだろうか」思いつつも、サイパンに4日間居たら「んなことたぁどうでもいいか」と思うようになる。幸い飛行機は予定通り。チェックインやセキュリティチェックは別に厳しくない。空港職員も役人も皆さん感じ良いのだ。ボーディングゲートでパスポートチェックしていたイカつい兄ちゃんに「また来週待ってるからね〜」と言われる。観光地だけに、こんな時こそお客さんを大切にしようという姿勢なんだと思う。それにしてもサイパンという場所、大げさに言えば「南海の楽園」みたいだ。日本人客がメインなのだが、韓国や台湾からの観光客も多い。グアムと違い、横柄な米人(米兵)おらず、サービスする側はほとんどフィリピン人。み〜んな仲良く和やかにやっている。過去の戦跡も、今や全くイメージ出来ない。アメリカとイラクの戦争すら遠い出来事に感じてしまうほど。空港で飛行機が動き出す時に係員が手を振ってくれるのは、おそらく日本流のセレモニーだと思うけれど(サイパンはやってくれます)、妙に嬉しい。良い日本流を広めていきたいもの。JO948の快適なフライトで6時20分成田着。渋滞表示26キロとあるも、走っているウチに流れたらしく少し詰まったくらいで帰着。
3月20日 2回目はサイパン名物の『グロット』に行く。フル装備&タンク背負って100段もの階段を上り下りしなければならないという体力勝負のポイントなれど、サイパンに行ったら一度潜らなアカンと言う。果たして飛び込んでみたら、まぁ凄い! 地形派のダイバーとしちゃ最高でしょう! 大きな洞窟の内側から潜り、海側に出て戻ってくるというスタイルなのだが、とにかくダイナミック。1本目は単に「凄い凄い」と驚いただけだったが、2本目で感動してしまった。日が昇ったせいか、洞窟の内側から海を見ると「こんなブルーってあったのか!」と心を揺さぶられるような美しい『青』なのだ。いや『蒼』と表現すべきか。山や飛行機から見える蒼空も美しいと思う。でも空の蒼は暗い。一方、グロットから見る蒼ときたら、強烈な光量なのである。この圧倒的に明るい蒼、写真や絵じゃ再現できません。もしダイビング好きな諸兄が居たら、好天の日中にグロットを試して欲しい。100段の階段をはぁはぁ喘いで上り下りしてでも行く価値あります。ホテルに帰ってプールサイドでビール。店員さんの多くはフィリピン人だから、こちらが愛想いいと徹底的にフレンドリィ。少し昼寝し、続いてホテルのサンセットバーでフィリピン人バンドの音楽を聴きながら飲む。このホテル、決して高くなく(インターネットで事前に予約すれば割引あります。予約の際、場所によってはディーゼル発電機の音が気になるので静かな部屋をリクエストするといい)、バーやレストランが充実していて快適だ。夕食はガラパンで毎週木曜日に開催されるナイトマーケット。さらにアウトドアのショットバーで飲んで寝。潜った後は酔いが回ります。
3月19日 今回はオジサン4人の旅。第一ホテルに泊まっている。このホテル、ガラパンというサイパン最大の街(といってもハシからハシまで歩いて5分)に面しており、とにかく便利。ホテルから外に出ると客引きの多さに閉口するも「明日来るから」とか「あとで来るね」と言えば、しつこくない。というか、前回もそうだったけれど4日間も滞在していると顔を覚えるらしく(コッチも覚えます)、そのウチ向こうも半ばからかって声を掛けてくるようになる。今日はボートダイビング。1本目は流れが強く、ずっと泳いでないと流れちゃう状況。景色だって広いだけで、なんじゃこりゃといった感じ。2本目も流れ強い。ガイドさんに早く泳げとせかされてズンズン進むと、突如マダラトビエイが50枚! というかワタシは「いっぱいいる!」と思っただけなのだけれど、ガイドさんは数えていた。水底で動かず見ていたら、他のグループが近づき雲散霧消。エエもん見ました。なかなか優れたガイドさんである。大満足です。午後はポンコツのHertzエコーで南部の戦場跡を見に行く。サイパンは観光地であると共に、第二次世界大戦で痛ましい犠牲を出した場所。特に酷かったのが南部。ニッコーホテルのあたりから、バンザイクリフ(バンザイを叫びながら自決したガケ)にかけての岸壁には艦砲射撃の跡が生々して残っている。相当大きな砲弾だったのだろう。1発で10mくらいの穴が穿たれているような場所も珍しくない。軍人の他、軍属や民間人までバンザイクリフから飛び込んだ(飛び込まされた)というから酷い。日本を無理矢理戦争に巻き込んだ当時の軍部と、フセイン政権が重なる。ただムカシも今回も、アメリカに国としての誇りや独自性を徹底的に踏みにじられたのが戦争に至る大きな理由。60年経っても同じことの繰り返しか。
3月18日 10時発のサイパン行きJO947(JALの系列)に乗る。行くのを見合わせようと思ったが、こんな時こそいつも通り生活すべきだと考えます。サイパンの人だって、戦争と関係ないのにお客さんがこなくなったらいい迷惑。そう考える日本人が多いらしく、成田空港は大混雑していた。飛行機満席。相変わらず「この国は本当に不景気なんだろうか」と思う。フライトタイムは3時間なれど、大型バッテリーに交換したためLOOXでずっと原稿書きが可能。サイパン到着は2時30分。懲りずにHertzで予約したレンタカーを借りたら、何とエコーの2ドア(プラッツの2ドアモデル)。予約する際『C』というクラスにしたのだが、カタログ見ると『フォーカス』とある。フォーカスはカローラ級。プラッツより上だろう! 100歩譲ってフル装備のプラッツならいい。出てきたクルマ、パワーウィンドゥさえ付かぬベーシックモデルじゃないの。キャンセルしようとしたが、空港に事務所あるのはダラーしかない上、空港にクルマが無いそうな。さらに! エコーはボコボコ。へこみやキズなんか一つや二つ増えたって絶対ワカラン。実際、キズの確認の際、記入漏れ多数。「ここもある。あそこもある」と言うと「たくさんあるから問題ない」だってさ。追加保険など加入する気にもならんでしょう。走り出すとハンドルがぐ〜らぐら揺れる。ここまでくると、もっとHertzのインチキ商売に付き合ってみるか! という気になるのが悪いクセです。到着するとスコール。明日潜るショップに顔を出し、夜はシーフード。
3月17日 9時に出発し東北道を北へ向かう。東北道はナマー悪いトラックが最も多いと思う。急ぎの荷物が多いのかもしれないけれど、大型トラックでクルマの流れを縫って走ったり、追い越し車線が詰まっているのに前のクルマをガンガンあおる輩を見ると、90キロの速度リミッターは全車すぐにでも装着して欲しくなる。ちなみにマナー良いのは東名道です。試乗終了後、ツインリンクもてぎで行われている試乗会に顔を出そうと思ったが、どうやら試乗会というより撮影会らしい。原稿たっぷり残っていることもあり、断念。少しづつ移動しながら、いろんな場所で原稿書き。途中、気分転換とドライブガイドの取材を兼ね、佐野IC側にオープンしたアウトレットの見学。日本もアウトレットが増えたけれど、アメリカのように「うわっ!」っと驚くほど安くない。いや、安いモノも置いてあるのだけれど、それなりなのだ。
3月16日 今日から通常の生活ペースに戻すべく8時起き。しかしアマタの中が寝ている状態なのか、ぼけっとしつつTV見ながら11時まで過ごす。戦争も経済も、困ったもんだ。アメリカにひたすら付いていく、という日本の姿勢、情けない。利口な中学生や高校生は、そんな日本を冷静に評価していると思う。破綻したらワタシらの世代が頑張るから、バックアップしておくれ。本日も終日原稿書き。ここ数日、1万字ペースで書いてます。そろそろオーバーヒート気味か? お昼は気晴らしにテラスで食べる。午後も原稿書き。夜9時過ぎ、やっと出口が見え始めました。
3月15日 朝起きると大幅に気分良くなっている。病気が治るときはこんなものか。お腹も空いている。ただ体力は弱っているらしく、依然として眠いのなんの。今日も昼寝をはさんで原稿書き。何とか締め切りはキッチリと守れているのが救い。やっぱりスキーにゃ行けそうもないですが。イギリスに行っているムスメからメールあり、新しいホームステイ先は非常に快適だとか。「雲泥の差」と言えるほどらしい。確かにホームステイ先の当たり外れは大きいようだ。特に日本人はガマンしてしまうため、問題有るステイ先を振り当てられるケースが多いとのこと。黙って何でも言うことを聞く国民性もいいけれど、自分のコドモにまで影響するとなれば困ったもの。イラクの件も、日本はナニがしたいのか、何なら出来るのかをしっかり主張すべきだと思う。
3月14日 体調悪く、終日寝たり起きたり原稿書いたり。というか原稿が溜まりに溜まっており、一歩も外に出られない状況。本来なら湯沢へ行こうと計画していたのだけれど、とんでもありません。明日も行けぬ。2月は毎週滑れたのに、3月に入ってゼロ。そうこうしているウチ、雪がなくなっちゃいそうで多いに不安。TV見るとアメリカは激しいフランスバッシング。『フレンチフライ』の呼び方まで変えたというから、もはやアホである。日本も追随するのだとか。ワタシはフランスワインを飲んで(現在体調悪く消費に貢献できませんが)、ロシニョールの板でも買うか。もしアメリカが戦争するというなら、狙うのは「戦争したいヒト」だけでいいじゃないのだろうか? 日本だって第二次世界大戦は全員が望んだことじゃありません。『たのみこむ』でビートの43分の1のミニカーを企画している。もちろんオーダーしました。黄色です。
3月13日 以前CT誌で行ったナビ企画の第二弾。今回はエントリーしたクルマに装着されているナビの専門家に御足労いただき、それぞれのソフトや情報源をフルに使って目的地を目指すという内容。1位はいつになく激しい渋滞の中、朝9時25分に家を出て、成田空港到着11時11分(所用1時間46分)という素晴らしさ! 成田EXPは新宿から空港まで1時間30分近く掛かるのに。それにしても驚きのルート選択でした。次回から成田空港に行くとき、使わさせていただきます。お昼からフィットマガジンの取材。初心者二人にカッコ良い運転をアドバイスする企画だったのだが、一人は教習所の教官レベルの腕前で取材対象にならず。夕方取材終了。急いで帰って懸命に原稿書き。気が付くとガケが目の前です。依然メールの返信出来ない状況。体調についてアドバイス頂き、ありがとうございます。
3月12日 10時に家を出て、お台場から横浜近辺で取材。このあたり、渋滞も少なくクルマを走らせるにゃちょうどいい。依然として北風強く風に当たると冷たいモノの、陽光は春。最悪の状況にある日本にも春はやってくるようだ。最近、真剣に破綻した時の逃げ場所を考えている。おそらく半年くらいはグチャグチャになり、治安も悪化することだろう。日本なら山里か離島か? ただ離島は食べるものがキチンと流通しなくなる可能性大。1年分くらいのお米も必要。もちろん離島で自分だけ食べるわけにもいかないだろうから、みんなに理解してもらい備蓄する必要あり。これって難しそう。やはり海外か? 会う人会う人に「外国に口座を作った方がいい」とすすめている。サイパンとかグアムとかにも下見に行こうか、考えてます。7時からラジオ日本の収録。土曜日の夜、時間あったら聴いてみてください。依然として体調悪し。読者の方から頂いたメールによれば、どうやらお腹の風邪が流行っているとのこと。確かに食欲無く、気持ち悪い状態が続く。お酒も断ってます。
3月11日 ステアリングギアボックスの交換を行ったプリウスに昨日初めて乗ったら、どうも妙な感じ。止まってチェックしてみたら、ハンドルの動きにガタがある。おそらくネジ締まってないか、キッチリ組合わさっていないんだと思う。場所が場所だけに危険だからディーラーに電話。チェックしてもらうと、案の定緩んでいた箇所があったそうな。ワタシの居ないときに届けにきたのだけれど、サービスマンの若い人が(この人、けっこう感じいい)ヨメさんに「緩んでいました。すみません」で終了。せめて営業担当の人も理由の説明に来るべきじゃなかろうか。第一、ステアリング系のネジの緩みなんて、本来あっちゃいけないこと。おそらく営業担当者に「危険である」という意識も無いのだろう。今年、次期型プリウスを買うけれど、絶対井草店じゃ買わぬ! ここ、何度トラブルあっても、良くならない。お昼は岩貞さん共々CTの鈴木兄にお寿司をゴチとなる。この後、仕事が1時間くらい空いたので、神田のスキー街へ行き狙っていた板を探す。聞けば「その板、200台くらいしか入って無いっす」。さすがの神田にもないか。4月にウィスラーで買えばよかった。夕方から打ち合わせを一件。アコードワゴンで帰宅し原稿書き。
3月10日 まだ調子悪し。ただ昨日よりは間違いなく良くなってきたように思う。時差で夜中まで寝られないのも良くないみたい。いずれにして10時に起きてユンケル黄帝液飲んで原稿書き。せっかく光ケーブルにしたのに、ほとんど速度変わらず。計ってみたら0,5Mbpsしか出ていない。なんだよ! と思ってムスコに言うと「オヤジはaolなんか使ってるからだよ」だって。遅いので有名なのだとか。インターネットエクスプローラーで計ったら、おお! 30Mbpsくらい出てるじゃないの! aolはアナログ電話線用だったのね。2時過ぎに家を出て前橋に行きFM群馬の収録。こうやって毎週いろいろな情報をお届けできるのって、ジャーナリストにとっては幸せなことだと思う。人間は「良いモノ」を見つけた場合、三つのタイプに分かれるそうな。「守る」(自分の管理下に置きたい、ということ)と「みんなに売る」、そして「みんなに教える」だ。それぞれ役人、ビジネスマン、マスコミの役割。いずれも正しい意識さえ持っていれば、素晴らしいと思う。間違って使うと、全て酷い結果になります。収録後、帰って原稿書き。
3月9日 起きると依然として体調悪い。高い熱出るわけで無し、お腹痛いわけで無し、5日前から単に気持ち悪くてセキが出てダルいという症状。明日お医者さんに行きましょう。今日も寝ていたいトコロなれど、原稿の締め切りでお尻に火が付きそうになってきた。2時間寝て2時間原稿書きして過ごす。4時からTVでF−1。女の子の解説の「お〜!」と言う声が妙に面白い。レースはトヨタとホンダが早々に上位から消えてしまい残念しきり。途中に入っていた缶コーヒーのCF見ていたら、松葉杖ついた女の子を突き飛ばすシーンが。ちょっと憤る。ワタシも6ヶ月ほど松葉杖で過ごしたけれど、あんなブツかられ方したら冗談じゃ済まぬ! というか、どういった意図であんな絵柄を考えたのだろうか。昨夜、ムスコが光ケーブルに変えたのだけれど、マックのみメールの送受信が出来なくなってしまった。
3月8日 成田まで2時間少々のあたりからハリーポッターその2を見始めたら、ヘビが死ぬヤマの部分でサービス終了になってしまった。う〜ん! どうなってしまうのだろうか? どこかでもう一回見るべきか複雑な心境。成田からANAのハイヤーサービスで自宅まで。体調悪く、ほとんどぐったりしたまま。幸い渋滞無く、運転手さんも上手だったため楽に帰れた。本来なら原稿書いて湯沢に向かう予定だったが、とんでもない状態。仕事さえせずに寝ます。
3月7日 体調依然悪く、昨夜は9時に寝たのに起きたの6時。9時間も熟睡してしまった。今日は雨。時に音を立て横殴りに激しく降るが、イギリス人はあまり傘を差さない。ホテルの横の路地をお婆さんがビショビショになりながら、杖をついて歩いている。可哀想に見えるけれど、シャッキリ歩いているから普通なんだろう。11時まで原稿書きし、駅までタクシー。パリの友達のトコロに3泊で行くムスメとロンドン・パディントン行きの特急(なんだと思う。2時間の距離で止まるのは2駅)に乗る。イギリスの列車はディーゼルながら、飛ばす飛ばす。おそらく160キロ以上は出てると思う。面白いことに飛ばすだけ飛ばし、早着すると駅の手前で時間調整するのだった。ラリーじゃないんだから! それでも時間通りに到着。パディントン駅でムスメと別れ(ユーロスターはウォータールーという駅から出る)、再び列車でヒースロー空港。成田行きのANAは満席だ。皆さんJALよりANAの方が快適だというけれど、ワタシもそう思う。とは言え今日は体調最悪。グタッとしたまま機中のヒトになる。
3月6日 午前中はホテルで寝込む&原稿書き。ここで仕事貯めると、後が大変なのだ。幸い熱とセキは続くも、悪化せず。同じ状態なのも辛いですけど。イギリスにしては珍しい晴天で、お昼は食事を兼ねて街中に出てみる。といっても泊まっているホテル、メインストリートに面しているから外に出れば繁華街。それにしても凄い人の通り! どうして昼間からこんなにたくさんの人が歩いているんだろうか、と思う。しかも街中は渋滞していてクルマが機能しないので(100m進むのに15分掛かったことすらあった。歩いた方が100倍早いです)、明日まで借りる予定だったレンタカーを返す。返却時の計算に問題あって、あやうく1万円もボラれるところでした。Hertzという大手レンタカー会社なれど、油断もスキもあったもんじゃない。ムスメの学校が終わるまでホテルで原稿書き。こういったイギリスの小さな雰囲気良いホテルで、原稿書きながら1ヶ月くらい過ごすのも悪くありません。なんせ日本人が珍しいのか2日目にして従業員全員顔を覚えてくれ、インターネットも電話回線なのに常時5万2千以上出てる。日本じゃ2万台が珍しくないのに。ヨーロッパ全般に言えるコトながら、回線の質は高い。夜はムスメとタイ料理。ワタシが19歳の時より頑張っていると思う。
3月5日 絶景の夜明けを見ながら原稿書き。8時にホテルを出発し、ジュネーヴ空港へ。ちなみに英語だと「ジネーバ」。ヨーロッパの地名、その国の言葉で発音するから解りにくくて仕方ない。スペイン空港だとロンドン行きは『ロンドレス』。スウェーデンのイエテボリに至っちゃ、英語で『ゴーセンバーグ』です。考えて見れば我が石原都知事は、地下鉄事故あった韓国の『テグ』を「たいきゅう」と発音していたっけ。ちなみにマスコミではマナーとしてお互いの国で呼ばれている発音を使う。『台北』は「タイペイ」。「タイホク」じゃない。20分ほど遅れてロンドン着。ここからレンタカー借りて、ムスメが短期語学研修に来てるイギリス南西部の小さな街に向かう。クルマは新車のディーゼルターボ。驚くべきトルク感で、5速からグイグイ加速していく。世界トップレベルのクリーンな排気ガス(ステップ4)をクリアした新世代のディーゼルエンジンを積むアベンシスとアコードに乗りたいモノだ。途中、ストーンヘンジに寄り道。昨日からイヤなセキが出始めていたのだが、雨の中20分くらい見ていたら寒気までしてきてしまった。果たして目的地に到着すると体調悪化の一途。それでも久々にムスメとの食事は楽しい。元気でやっているらしく一安心である。10時に寝。夜中に何度も深くせき込む。熱はさほどでないのだけれど、ぜーぜー言うようになったらイギリスで病院に行こうと思う。
3月4日 レマン湖畔の『モントルー』という場所に泊まっている。仕事しているウチ、徐々に明るくなるや目の前は湖と雪山。このあたり、30分も走ればスキー場がシコタマ。アルプスの目の前にスキー出来ないって、ウマそうな毛蟹の前で「お預け!」させられている気分。後ろ髪を引かれつつジュネーヴショーの会場へ。このショーは規模こそ小さいものの、伝統的に高級車やスポーツカーが主役。スーパーカーが多数出展されており、この手のクルマ好きにとっちゃたまらないと思う。612馬力の5,5リッターV10を搭載するポルシェカレラGTも正式デビューし、ブースの奥の方に展示されていた。現地価格5千万円くらいになるというが、フルカーボンのフレームなど見ると十分価値はあると思う。世界で1500台の生産とのこと。日本車ではアベンシスと次期型ファミリアがデビュー。夕方、アベンシスのブースにゴーン社長が現れるや、展示車両に乗り込む。たまたま近くに居たアベンシスの開発担当者が挨拶に行くと「コングラッシュレーション!」だって。ゴーン社長、余裕である。シトロエンのブースでは見たくないモノを見てしまった。C2ベースのJWRC車両である。つまりクサラの次のWRカーは無いということ。おそらくシトロエンのWRカーが見られるのは、今年限りか長くて来年一杯だろう。良いニュースも一つ。シュコダが『ファビア』と呼ばれるゴルフクラスのWRカーを発表。シーズン途中からバカでかいオクタビアベースのWRカーに変わって出てくるようだ。速そうです。
3月3日 午前中、ダービー近郊にあるトヨタのイギリス工場を取材しに行く。イギリスと言えばポンド高とワーカーの諸問題という大きなハンデを抱えており、今や工場は減る一方。そんな中、投資までしてイギリス工場を育てている理由が大いに気になるトコロ。取材しインタビューした結果、相当納得できました。いずれ雑誌でレポートを。終了後、20分ほどの距離にある『イースト・ミッドランド空港』から『イージージェット航空』(最近人気上昇中だという)でジュネーヴへ。この会社、機体は新しいB737を使うのだけれど、座席指定無し。機内サービス無しという具合で徹底的に運行コストを省いている。その分、ライバルより圧倒的に安いそうな。移動するだけが目的なら、まぁこれもアリかなと。ジュネーヴ到着後、バスで20分くらいの距離にある(フランスに少し入る)☆一つのレストランで夕食。さすが☆付きだけにウマい! 日本で美味しいと評判のフレンチと同じか、それ以上である。ワインのセレクションも抜群。大満足して寝。
3月2日 今朝も4時に起きて原稿書き。バーミンガム行きの飛行機は14時5分なので、それまで念願のサグラダファミリアを見に行く。バルセロナは毎年のように来ているものの、仕事だとなかなか観光など出来ないもの。サグラダファミリアも遠くからなら毎回見ているが、行ったことなかった。サグラダファミリアの前に、まずガウディ作のマンションを2軒見る。バルセロナの新市街(といっても150年前に出来たもの)に建っているのだけれど、まぁ異質なこと! 小さい方のマンションはガウディらしく、ぐにゃぐにゃ。大きい方も個性的といったらない。同じスペイン人の芸術家でもピカソを全く受け入れられないワタシだが、ガウディは感性に直球で入り込んできます。もっと感動したの、ガウディが分譲住宅地として開発した『グエル公園』。もしバルセロナに行く機会あったら、ぜひとも行って見て下さい。こらもう凄い凄い凄いの連続! 道路までぐにゃぐにゃです。そのイキオイでサグラダファミリアへ。新しい建物の方はガウディらしさなく、単なる教会にしか見えない。少しガッカリ。しかしガウディの色が濃い古い建物は素晴らしい! 思わず歩いて上まで登ってしまいました。感動を引きづったまま空港に行き、BAのRJ100(小型の4発機)でバーミンガム。夕食&バーで飲むと、妙に麺類が食べたくなり10時過ぎに街中へ出る。紹興酒頼むも、ビールか見たこともない中国系のお酒しか無いという。中国系のお酒頼むと、むちゃくちゃアルコール度数高そう。一緒にいるヒトが火を付けたら、全然消えないのだ。これ飲み出すと途中から意識切れ切れ状態。ショッパイ焼きそばや、カニスープ飲んだ記憶あるのだけれど……。何とか部屋まで辿り着いて轟沈。
3月1日 4時起きで原稿書き。こう書くと一生懸命早起きしてるみたいだが、時差ボケなので全然辛くない。8時からコースについてブリーフィングの後、新型アベンシスの試乗スタート。バルセロナを起点とし、午前中180キロ。午後も180キロというコースを走る。いずれも抜群のワインディングロードを含んでおり、まるでカタルニアラリーのようなコースまで! このあたりの道は本当に走りやすく、かつ面白い。幸い天気にも恵まれ、気持ちよく過ごせました。ホテルに帰ってTVを見ていたら、ちょうどトルコラリーのオンエア中。凄い悪路で、もはや勝負はグチャグチャ。またしてもサバイバルゲームみたいな展開になっており、優勝候補は全部リタイアか遅れてしまっている。開幕してから3戦目なれど、依然として全く読めない展開か。ま、当事者にとっちゃたまったモンじゃないだろうけれど、大いに盛り上がることだろう。F−1もこのくらい混戦になればいいのに。