3月31日 起きると空模様が怪しく、石神井公園での花見から自宅ガレージでの花見に変更す。ガレージから大きな桜の木が見えるのだ。天気や風に悩まされる心配もなくなり、心おきなくみんなで宴会! たまにゃ昼からお酒飲むのもイイもんです。時間制限無しということで12時から始め、6時までノンビリ過ごす。いつもながらJ FOXこと番頭宮本君のシェフぶりは見事! ふう和尚の喫茶コーナーや、20人余でシコタマ食べてゆうに3分の1が残る ほほほ パテシェの巨大なケーキも凄かった! 終了と同時に激しい雷雨。夜はESPNのカタルニアラリー見たり原稿書いたりF−1見たりして過ごす。それにしてもF−1ってチェッカーフラッグ受けなくてもゴールになるのか? ワタシはフラッグ優先だと思っていた。  

3月30日 もはやバイクの季節である。冬の間乗らなかったためバッテリー上がったホーネット(バイク)の充電。セル回すと一発で始動した。ホンダの4ストバイクって昔から始動性いい。ヤマハの4ストは気難しいけれど、2ストエンジンになると立場が完全に逆転するから不思議。ついでに328のバッテリーも充電しておく。午前中原稿一本仕上げ、午後はお昼ゴハン食べるついでに近所のコンピュータ屋さんに行く。なんだか全般的に高くなった感じ。ちょうど需要期なんだろう。夕方から再び原稿書き。まぁまぁ巡航ペースです。

3月29日 7時に家を出て箱根の『ヤギさんコーナー』へ向かう。途中、電話有り、まったく撮影できない天候という。目的地を箱根の三島の中間に変更。確かに箱根ターンパイクの途中くらいから、雨と霧でどうしようもない。本日はエキセントリックなクルマ4台に試乗するのだが、雨の中乗るのは引く「乗り物」も。いずれにしろ新型車でないにも関わらず初めて乗ったモノばかりで大いに楽しかった。いや、予想以上の楽しさだったです。天気良ければもっと乗りたかった。次号の『エンジン』にて。帰って打ち合わせ一本の後、原稿書き。石神井公園を覗いてみたら、何とか花をツマにお酒飲めそうです。

3月28日 プリウスのバッテリーを充電。やっぱり制御系の12Vが上がっていたらしく、1時間ほど充電しただけでたやすく始動した。288Vのバッテリーは半分残っている。少しずつ放電しているのか、それとも何かパイロットランプ点いていたのか? 様子を見たいと思う。夕方から入院している叔母の見舞い。元気なので一安心す。年度末の激しい渋滞の中帰ると、ちょうどホンダの営業の方が来訪。ヨメのお父さんがムスメとイトコ用のクルマを買ってくれるというので、迷わずフィットを選んだのだ。薄いブルーの『A』に、サイドエアバッグとナビを付けた。依然人気らしく、納車は6月12日とか。

3月27日 11時まで寝る。プリウスに乗ろうとしたら、あららバッテリーが上がってる。最近スマートとトラヴィックばかり乗っており、1ヶ月くらい動かさなかったからだと思う。でも1ヶ月でバッテリー上がるとは意外。充電しようと思ったけれど、雨なので止め。プリウスのブレーキはモーターで油圧を作るタイプ。バッテリー上がると床までペダルが入ってしまって面白い。とりあえず締め切り間近の原稿1本仕上げ、夕方から情報交換会。美味しい蟹シャブを食べる。さらに深い情報交換しつつ、大騒ぎに。久々日本で飲んだこともあり、お腹に溜まった砂をたっぷり吐き出しました。笑った笑った!

3月26日 13時30分に成田到着。全日空ホテルでスマートをピックアップし、まぁまぁ順調に自宅到着。いつも通り帰ると郵便物や新聞のチェックで3時間くらい掛かる。日曜深夜(26時25分!)のWRCの視聴率のメールが来ており、またしても2,8%を記録したとか。この時間帯のトップです。次回から放送開始が25時55分になり、さらに24時55分になるそうな。全国ネットになればいいと思う。夜ゴハン食べてるとムスメが「アルバイトしなくちゃ」と言う。聞くと編集者になりたいらしい。「だったら原稿書くようなアルバイトすればいいじゃない、勉強になるし」と言うと「そんな仕事無いでしょ」。確かに親のツテで(ほとんど影響力ない親だという説もある)紹介する気にはならぬ。ムスメの免許取得日記読んで何か書かせてもいい、という奇特な方がいたらワタシ宛てにメール下さいませ。ただしワタシの原稿料と同じくらいだと腹立つので、1字5円以下でお願いします。

3月25日 ホテルを6時半に出発。9時半のイベリア航空でロンドン着11時20分。乗り継ぎのANAは17時発である。ホントなら昼にバルセロナを出る便にしたかったのだけれど、BAもイベリア航空も全て満席だったのだ。6時間近くあるため、時間つぶしに久々ロンドン市内まで行く。最近すっかり買い物に興味失ったこともあり、インド料理屋でボリュームある昼ご飯食べ、ウィンドゥショッピング。ムカシはボンドストリートのブランド店のハシゴが好きだったけれど、歳を取るに従って彼らの顧客(ヨーロッパのお金持ち)のライフスタイルに共感出来なくなってきた。日産のCMじゃないけれど「モノより思い出」です。ANAの747は定刻にプッシュオン(飛行機は動き出した時間が出発時刻という決まり)。またしても快適な機内サービス受けつつ東へ飛び、ワイン飲んでお腹一杯になって寝る。離陸後3時間ほどで26日になったはず。

3月24日 レグ3の取材。今日はホテルから70キロくらいの距離にあるSSを見る。約200キロで坂を登ってきて(新井さんがそう言ってた)、シケインのようにロータリー交差点クリアし、箱根スカイラインのようなワインディングロードに入っていく。プレスパスを持っているとかなり危険な場所で見られるため(ヨーロッパは自分で自分の安全を確保しろ、という考え方。大人の社会です)、クルマの挙動もよく解る。ここで30台ほど見て次の場所へ。着くと佐久間さんや飯嶋さんといったWRCのベテランの方々が居て「パニッツィ凄かったよ! 国沢見た?」と興奮してる。聞けばトンデモナイことをやったらしい。この件、少なくとも『ラリーX』にキチンと紹介されると思う。おそらく解釈が割れると思いますが、次回の日本TVでは決定的な証拠をお届けできるハズ。急いで「その場所」を見に行く。う〜ん! パニッツィ恐るべし! このワザ、WRC史上初でしょう! ベテランのお二人と大笑いしながら話してたら、あっという間に2時間経ち最後のSS取材。WRC取材は移動の連続で、旅行みたいなもの。疲れるけれど、それ以上に楽しい。昨日の反省をし、裏道でゴール地点に戻る。連日全開で走っていたら、取材の足に使っていたルノー・クリオ1400のエンジンが軽くなってきた。表彰式取材して7時過ぎにホテルに帰り、ワイン飲むと夕食などどうでもよくなってしまい8時にベッドで沈。めちゃくちゃ寝付きよくて面白い。

高速道路さえ駐車場状態の人出! この橋の下で「前代未聞のワザ」が飛び出した!

3月23日 レグ2の取材。130キロ走って今日最初のSS7に。すると「そこ危ないだろう!」と思う場所に多数の観客がいるではないの! 特に「マズいよ、おい」と思ったのは140キロ以上出るはずの高速コーナー。コースオフしたら飛び込むだろう場所に、観客が多数いる。なのにオフィシャルや警官は居ない。このまま走らせたら絶対危険、と思ったら案の定キャンセル。おそらくキャンセルは早い時期に決まってたんだろう。急いでクルマに飛び乗り、三つ目のSSを目指す。到着すると警官やオフィシャルが多数揃っており、厳しい管理をしてる。こらキャンセルにならないな、と確信。場所は左コーナーを下り、石の橋がある右コーナークリア。160キロくらいまで全開加速するイメージ。ワタシはコーナー外側の超危険ゾーンを陣取る。コースアウトしてきたら石の橋に隠れる作戦だ。今日は15位から走るため、まず三菱のデルクールが「ぱりぱりぱり! どかん!」とすっ飛んできた。ここでトップのパニッツィまで見て、3つ目のSSに行く。しかしプレス用のパーキングスペースが用意されておらず、大量に押し寄せてきた観客のクルマに巻き込まれ万事窮す。なんたって道路の真ん中にクルマ止めて見に行っちゃってる。先に行けなくなって「マズい」と思っていたら、早くも後ろにクルマが止まり、いなくなっちゃった。雪隠詰めです。やむなく全車が通過するまで見て帰ると、今度は大渋滞。3時間以上掛かって戻る。450キロ走行。昨日買ったリオハのワイン飲んでたら睡魔に襲われベッドに入るなり轟沈。プレゼント プレスゼッケンとクレデンシャル、プレス用バナーの3点セットが欲しい方、いましたら掲示版に300字程度までで書き込みしてください。最も熱意感じた方に送ります。希望者いなければ花見の時のプレゼントにします。

顔が恐いパニッツィ

3月22日 レグ1の取材。まず280キロほど移動し、二つ目のSSに行く。途中、連絡入ってSS1は観客の収拾付かずキャンセルになったとか。SS1に行かず正解。ラリーって移動するのに時間掛かるため、一日でSSを三つ見られれば上出来なのだ。SSキャンセルになれば辛い。SS2はキャンセルこそならなかったものの、もの凄い観客の数だ! それだけ人気あるということなんだろう。まず走りを見よう、ということで場所を探すも、けっこう単調なコーナーばかり。結局3キロほど歩き、良い場所を確保。しかし斜面を歩いていたら踏んだ切り株が腐っており、そのまま2mほど落下。激しくスネを打ち、悶絶す。国沢光宏スペインの山の中で骨折か! どうやって帰ろうと考えているウチ、どうやら足は動いた。ただ見る見る腫れ始め、標高3センチくらいの巨大なコブになってしまい、歩くと猛烈に痛い。しかし先頭のプジョーが「どかん!」とか「パンっ!」といったWRカー特有の音を出しつつ激しいイキオイでコーナーから飛び出してくると、痛いの忘却す。2〜3台ごとに見る場所を変えつつ戻る。今日はSS一カ所の予定なので、最後まで見る。全部通り過ぎるまでおおよそ1時間40分ほど。終了後、サービス(メインテナンスを行う)に行き取材していたら。マキネンがラジエターを破損して戻ってきた。排気管の向こう側が赤く光っている。45分のサービスで賢明に修理するも、あそこまで熱が入ったエンジンは相当厳しい。7時にサービスを出発し、ホテル着は11時30分。本日の総走行距離750キロ。疲れて瞬睡。

プレスゼッケンとクレデンシャルをプレゼントします(23日の日記参照)

3月21日 WRCカタルニアラリーの取材で来ている。本来なら全戦取材したいのだけれど、いかんせんヨーロッパラウンドだと取材費掛かります。今回もディスカウントのビジネスクラス(アリタリアやアエロフロート)を考えたものの、乗り継ぎの問題などでダメ。前後1日ずつ余分に必要なのだ。やはり安い理由があるということ。何回行けるか読めないが、いずれにしろ出演料は全部取材費として使うつもり。午前中原稿書きし、午後はラリーのベースになっているジョレット・デル・マールの街でパエリアや、ムール貝などスペイン式のお昼。美味しい。当地への到着が夜だったため、昨日はどんな場所か解らなかったのだけれど、地中海沿いのリゾート地である。日本じゃ全く知られていない場所なれど、風光明媚。夏はトップレスのお姉さん達もうじゃうじゃ居るそうな。7時からスタートのセレモニーがあるので、6時くらいから出走車をジックリとチェック。やっぱり速いクルマって美しい。見てるだけで時差ボケの眠気などすっ飛ぶ。9時から『アルパインスター』(競技用ウェアやシューズのメーカー。バイク業界では有名。今年からスバルのレーシングウェアを担当してる)のプレスディナーに。さすがイタリアのメーカーだけに、今までと全然違う生地素材を使っててカッコいい。次はアルパインスターのレーシングスーツ買おうかなぁ。今宵もベッドに潜り込むなり5秒でスイッチ切れる。

3月20日 昨夜、成田の全日空ホテルにチェックインしたの、2時。カートの疲れで爆睡し、8時に起きた時は珍しくフトンが寝た時の状態を保っていた。急いで用意し、ホテル内のチェックインカウンターに行くと、あららやってない! テロ以降、空港でしか行っていないという。成田は大混雑。旅行業界も一安心か? いつも通り出発までラウンジで原稿書き。一本仕上げ送稿すると、ちょうどボーディングの放送。今回乗ったANAのロンドン線は4月2日から”ほぼフラットにまでリクライニングする豪華仕様”のシートになるそうだけれど、乗った機体(ポケモンのカラーリング)のインテリアときたら飛びきり古い。シートTVはガタガタ動き、ゲームだって付かないバージョン。ただ機内のサービスがとてもよく、ステーキの焼き加減も抜群! 快適に過ごす。飛行時間10時間55分で雨のロンドン着は14時47分。乗り継ぎのバルセロナ行きまで3時間あるため、ラウンジで仕事しようとしたが、眠くてアカンです。ぼけ〜っと過ごし、ゲートに行くと機材のトラブルだと言う。30分遅れで乗り込むも、新たなトラブル発生とやら。結局1時間後の離陸ざんした。フライトは順調だったものの、バルセロナ空港のボーディングゲートが壊れたとかで機内留め置き。レッキ(コース調査)の帰りということで迎えに来ていただいたWRCドライバーの新井選手や、スポーツiの解説やってる中新井田さん達を待たせてしまった。眠いトコ、すいません。さんざんな目に遭い、現地時間0時ホテル着(日本時間朝8時)。ベットに倒れ込むと瞬睡。

3月19日 11時まで仕事し、今日も鉄人サンバーにカート積んで榛名モータースポーツランドに行く。4スト250ccのカートは珍しいためか、どこに行ってもすぐ覚えてもらえる。昨日声を掛けたムスメの同級生が早速自分のカート持って来た。カートに乗るのは5回目とか。しかも榛名は初めてというのに、なかなか速い! 興味深いのは、デタラメなライン取りやブレーキングなのに速いこと! ワタシの250ccに乗せてみると、すぐ0,3秒差にまで詰められてしまう。こら面白いです。1コーナーの曲がり方だけ教えると、ポンと0,5秒タイムアップ。他のコーナーもまだまだ詰まる感じ。体重差20kgを考えれば1秒くらい速くて当然なれど、ワタシだって運転は下手でない。才能ある若いドライバーを見るのは楽しいこと。佐野君というので、名前を覚えておいて欲しい。とは言えコンペ親父だからして簡単に負けるワケにゃいかん。ドラポジをしっかりセットし、次回軽く抜くつもり。やっぱり攻めきれないのだ。3時半に上がってFM群馬の収録。4月からは田中香(かおり)さんと番組をお届けしますのでFM群馬が入る地域の方は聞いて下さい。帰りに石神井公園を通ると桜が7分咲き。なのに誰も花見をしていなかった。日本人の辞書の「臨機応変」という字は限りなく薄いような気がします。

田中 香さん。番組聞いて下さいね!

3月18日 朝から細かい用事をいくつか済ます。トラヴィックを冬仕様から夏仕様に変えたり、ガレージの整理をしたりといった具合。昼からも家の用事で中野へ。そうこうしてるウチ、WRCツールドコルスの収録の時間に。24日(日曜日)深夜の放映ですのでぜひ御覧下さい。それにしてもナレーターやってるケイ・グラントさんの声は素晴らしい! 凄く若く見えるものの同じ歳だということが判明。楽しくやってます。ケイ・グラントさんは10年くらいボディビルのインストラクターをやってたそうで、アブトロニックを最強で30分!もぴくぴくさせるそうな! こら心臓に悪いと思う。普通のヒトはマネしないように。家に戻って原稿書き。夜、突然ムスメの同級生が来宅。以前からレーシングドライバーになりたいと相談されていたのだけれど、某レーシングスクルールの特待生待遇になったと言う。タイしたもんだ。明日時間あったら走りに行こうか、と誘う。

3月17日 こう暖かいとスキーという気分にならず、ムスコと鉄人サンバーで『イタコサーキット』までカートに乗りに行く。走りだそうとすると、あららブレーキ完全に抜けている! コースのオーナーに相談したら運良くカート屋さん来ているそうで、急遽オーバーホールしてもらう。するとマスターシリンダーとキャリパーの中がドロドロになってた。ずいぶん時間経っているみたい。ヤマハのカートってこんなもの? それとも半年毎にオーバーホールするべきなのだろうか。いずれにしろ1時間ほど棒に振る。気を取り直して走り出すと、やっぱりドラポジ合わず、10分で手アンダー状態に。最初から身長165cmくらいのドライバー用のポジションなのだから仕方ない。シート買い直し、全面的に仕切り直すしかなさそう。ムスコは初めての本格的なカートということで、1回目メロメロ。2回目になんとか全開も試せるようになった。それでもカートって面白いです。そろそろ今シーズンのカート部会の活動を始めようかと思う。カートチームに参加される方、掲示板を御覧下さい。今宵もアブトロニックで10分間ぴくぴく。 

3月16日 ウチのムスメが教習所に通っているのは日記に書いてある通り。しかし最近全く進んでない。理由は簡単で、予約が全然取れないのだという。となると心配なのが仮免の期限。本人によれば「有効なのは取得してから3ヶ月」。つまり5月9日まで。なのに仮免取った2月9日から現時点までの37日間で4時間しか乗れていない。このペースじゃ絶対間に合わないこと明白。皆さんどうしてるんだろうか? もし泣き寝入りしているというなら大きな問題である。週明けにでも「普通の父親」として問い合わせてみるつもりだ(ワタシの正体がバレて優遇されるようなことがあるようなら本人にとって好ましくない)。17日追記。調べてみたら仮免の期限は6ヶ月であることが判明。も少し様子みます。終日外出せず原稿書きの日。お腹のタルみを何とかすべく、アブトロニックを買いました。とりあえず今日は10分ぴくぴく。

3月15日 外の空気を吸った3分後に声が変わる。幸い、プリウスとセルシオ、トラヴィック、トラックながらサンバー(5千円のディーラーオプション)は花粉フィルター付き。ディーゼルの黒煙を嫌って装着したのだが、役に立つ。終日仕事。お昼過ぎ、外気温みたら25度! おいおい3月中旬なのに夏日だ。昨年の中頃から季節が1ヶ月くらい早くなった感じ。これも異常気象か? トバッチリを受けてるのがスキー場。このままだと1週間くらいで滑れなくなるゲレンデ多いそうな。シーズン短くなればスキー場にとって非常に厳しい。深夜2時まで原稿書き。

3月14日 カゼが直らない、と思っていたら、どうやら花粉症だったらしい。イタリアから帰ってきて空港の外に出た途端、鼻声になってしまったのだ。今のところ目立った症状は、声変わりと呼吸器系の「腫れ」程度で済んでいるが、アレルギーだけに進行するだろうと思う。ディーゼルの排気ガスとの複合症状だと言われてきたため、クルマに乗るときはなるべく内気循環を心がけてきたものの、ついに『IGE抗体』が症状出る数値まで来たのだろう。今まで何の症状も無かったとしても、突如発症するから困ったもの。それにしても日本はメチャクチャ杉が多い。終日原稿書き。

3月13日 午前中、故渡辺勝也君の告別式。出棺の時はさすがにこらえきれず。参列者全員言葉も無く、泣きはらす。悲しい。ただただ悲しい。それでも帰れば日常が待っている。気を取り直し、夕方から原稿を書き始めるもペース上がらず。

3月12日 9時に起きて鉄人サンバーの取材。CTのサンバーの記事、読んでいただけましたか? これからガンガン行きますよ〜っ! 今日は頼んでいた足回りのキットを装着。何だか楽しくて横浜と金沢八景の間くらいで行われているマーチの試乗会に乗っていく。会場のホテルの地下駐車場に入っていくと、整理係りのオジサンが「納品ですか?」。サイドは十分派手だから、次は正面のモディファイをしなくちゃアカンです。マーチの試乗記は明日にでもオールアバウトにアップする予定。試乗後、7時からラジオ日本で収録。一緒に仕事してた福岡サヤカちゃんともお別れ。12時に帰宅する。 

3月11日 11時半まで寝る。起きて溜まっていた案件を夕方まで掛かってサクサク進め、晩御飯後に轟然と原稿書きモードに突入! 時差もあって深夜3時までお仕事す。それからベッドに入ったのだが浅くしか眠れないまま朝となってしまう。気絶モードの日々の逆パターンです。

3月10日 驚いたことに食事が出たの離陸して2時間15分後! 日付まで変わっている。御飯食べて早く寝れば時差の解消になるのに。しかもステーキときたら歯が立たないくらいの焼き過ぎ(ステーキは機内で火を通す)ぶり。一昔前のJALには「焼き加減はどうですか?」などと聞き、ダメなら焼き直してくるくらいイキなスチュワーデスさん(今はフライトアテンダントと呼ぶ)も多かったのに。そればかりか、乗務員席に座りドアの出っ張りに突っ伏して居眠りしてる乗務員(日本人)まで居る始末。こらヒド過ぎる。JALじゃ初めて見ました。アリタリア航空との共同便ということもあり、ダメな乗務員を乗せてるのだろうか? ただ機長は上手で、強い横風の成田空港で見事なランディングを決めてくれた。いつもながら職人芸は素晴らしい。帰りは強い追い風に乗ってコンスタントに1000キロ以上で飛び、遅れを降り戻す。ところが高速道路は大渋滞。3時間掛かって帰宅。

3月9日 4時半から原稿書き。よく寝たためかアタマはクリア。朝飯前に1本仕上げる。そのまま11時半まで原稿書きし、2本目もキッチリ仕上がった。気持ちいいくらい順調です。お昼はイタリアン。3時までユックリ食べ、そのまま市内をグルッと回りながら空港へ。それにしてもローマの街は遺跡だらけで感心することしきり。残念ながらワタシらの旅は毎回仕事最優先だからして、観光や買い物という概念が無い。いつかノンビリと来ましょう。むろん買い物もせず。定刻20時35分のJAL400便は、到着機材の遅れで大幅にディレイ。どうやら連日偏西風が強いらしい。離陸したのは21時45分となってしまった。このフライトもメチャクチャにサービスがノンビリしており、シートベルトサイン消えて50分後(離陸後1時間10分)にやっと飲み物出た。ワタシは早く寝たいのに。

3月8日 目が覚めたのは7時。マズいことに時差ボケが直りつつある。現地に適合してしまうと、帰ってから大変なのだ。出来れば時差をキープして帰りたいトコロなれど、毎晩遅くまで起きてると現地に合ってしまう。今日は新型車の試乗会。次号のベストカーをお楽しみに。予想していたよりはるかに良い仕上がりだった。今回の試乗車には『テレパス』と呼ばれるETCのユニットが付けられており、気持ちよく料金所を通過。タバコの半分くらいのユニットを両面テープでルームミラーの裏側にポンと装着すればいいだけ。日本もこういったシステムを採用すれば、ワタシだって使う。JHが常識で考えれば理解できないようなシステムを強引に導入したのはなぜか? 最近の流れからすれば、外務省と同じく国交省もいろんなドロドロがあるように思えてならぬ。試乗会の方はイタリアらしくスケジュール通りに進まない。今宵も夕食終わったのは12時。部屋に戻れば10秒で気絶というパターン。ただ毎晩テーブルを囲むメンバーに恵まれ、楽しく過ごせました。

3月7日 7時半にホテルを出発。ジュネーブ空港からアリタリア航空でミラノ乗り継ぎローマまで。飛行機はATR72/A320。ジュネーブからミラノまではアルプス越えのフライト。ATR72はプロペラ機ということもあり、6千mくらいで飛ぶ。したがってアルプスとの「直接勝負」はせず迂回。最も低い場所を選んで山越えした。それでもすぐ横に4千m級の山が迫って迫力ある。ミラノからローマまでは右に明日からツールドコルスが行われるコルシカ島を望む。久々のローマは相変わらず賑やか。スペイン広場を通り、着いたホテルはポポロ広場の真ん前という素晴らしいロケーション。この近所、女性なら大喜びしそうなブランドのショップが軒を連ねるも、夕食まで原稿書き。ラテン系のお約束で夕食は10時スタート。終わったの12時を回っており、今宵もベッドに入ってライト消すと10秒後にはスイッチが切れたように気絶。

3月6日 5時に起きて原稿一本。予定ではショーの取材を昨日中に終了させ、シャモニーまでスキーしに行く計画だったのだが、昨夜メール読んだら新しいリクエスト入ってるじゃないの。泣く泣くシャモニーを断念。9時のバスでショーの会場に向かい10時ちょっと過ぎに到着。追加取材は2時間ほどで終了したが、もはやスキーに行ける時間じゃない。やむをえずホテルに戻って仕事すべくバスに乗ると、それは観光しながら帰る便でした。しくしく。オードリーヘップバーンの記念館やローザンヌにあるオリンピックミュージアムに立ち寄る。驚いたのがオリンピックミュージアム。多額の寄付した会社の『銘』をブロックにして積んであるのだけれど、なんと日本の企業が3分の1以上を占めているのだ。お金だけ払っていいように扱われている日本を象徴してるようで、猛烈にカッコ悪いと思った。外務省は土下座外交だと言われるけれど、日本企業も同じ様なことをやっているような気がします。行ったヒトは見て下さい。5時前にホテルまで戻って原稿書き。夜は美味しい中華を食べワイン飲んで連日気絶。時差ボケあると爆発的な「寝入り」になって面白い。

3月5日 朝4時に起きて原稿一本。いつものことながらショーの期間中は市内のホテルが満杯。今回は100キロほど離れた『モントルー』というレマン湖畔の街に泊まっている。ちょうど卒業旅行のシーズンのためか、大学生くらいの女の子のグループが多い。6時半のバスでジュネーヴに向かう。渋滞しつつも8時に会場着。いつものごとく、ぐ〜るぐる回る。ショーの激レポートは次号のベストカーで。ついでにトラヴィック(ザフィーラ)のパーツなど物色したりして。夕方5時まで取材したらヘトヘトざんす。ジュネーヴ市内で食事してバスに乗った瞬間に気絶。1時間後、モントルー着。部屋までたどり着き、ワイン飲んで気絶。

3月4日 ジュネーヴショーに行くため成田へ行く。途中、幕張で撮影&試乗を一本。順調に終了し、13時30分発のJAL/アリタリア共同運行便に乗る。機材やキャビンクルーはJALのハズなのだけれど、驚くほどノンビリしたサービス。飲み物が出たのシートベルト着用サイン消えてから1時間後。食事になったのは、さらに40分後といった具合。飛行機もノンビリ飛び、ローマまで12時間20分掛かった。普通、ヨーロッパ線は11時間30分程度。今回はスペアの大容量バッテリーを持ち込み、機内で原稿2本仕上げる。ローマで1時間30分の待ち合わせし、アリタリアでジュネーヴ。到着時もはや日本時間の朝4時。そこからバスで1時間走り、ベッドに入ると朝6時です。赤ワイン飲んで気絶。

3月3日 7時に起きて雪道の走行チェック。気温低いためアイスバーンもキッチリあって良いテストになった。やっぱりアクティブタイプのトラコンは効果ある。せっかく来たのだから、と2時間ほど加山で滑り急いで東京へ。まだ仕事を残している、と言いつつもF−1の開幕戦を最後まで見てしまう。多重クラッシュの原因になったバリチェロのブロックは、ちとやり過ぎか。特に最後の左寄せは危険な行為だと思う。それにしてもトヨタの速さと信頼性は予想以上である。ルノーのストレートスピードの速さにも驚く。いずれにしろ今シーズンのF−1は面白そう。今週開催されるWRCフランスラリーの取材に行こうとギリギリまでスケジュール調整したのだが、最終的に足の確保出来ませんでした。コルシカ島に行く飛行機のキャパシティに限りあるから仕方ない。フェリーだと間に合わず。いずれにしろ今年は可能な限りWRCの取材に行くつもり。昨日頂いたイタリアワイン(ベローナ)を開けると、これがウマい! もはや半分飲み、寝るまでに1本開けそうなイキオイです。

3月2日 朝から原稿書き。沖縄出張中も巡航ペース(400字の原稿用紙で10枚くらい)で書いていたのだけれど、若干追い付かず。昼過ぎ、知り合いに頼んで送ってもらった近江牛が届く。開けてみるとサシがタップリ入っててウマそう。流通経路さえしっかりしていれば、もはや牛肉は安全である。ま、流通経路の確定が難しいのだけれど。ワタシの場合、JAの人の紹介。最近ムスコにも牛肉食べさせていなかったので、久々に「思いっきり」いただく。500gは食べたか? いやぁ美味しいざんす! ここまで柔らかいと、噛まずに食べられそう。次はステーキにして食べてみたいです。食べ過ぎました。雪が降っているという情報入ったので9時にトラヴィックで湯沢に向け出発。徐々に外気温下がり、関越トンネル抜けたら雪。気温マイナス2度。何とか雪道のチェックが出来そう。

3月1日 気持ちいい天気! 昨晩は窓開けたまま寝たのだけれど、ちょうどいい感じだった。気温グングン上昇し、2回目の試乗を終えた頃には27度。日向に出ると夏である。こうなるとダイビングしたくなってしまう。新しいA4アバントは完成度高く、満足出来るクオリティ持つ。おすすめはバランス取れたCVTの2,0SE。面白いことに沖縄は滅法サターンが多い! 下の駐車場に何台あると思いますか? クーペ、セダン、ステーションワゴン全種類揃ってたりして。他にもWiLL Viなど見かける。やがてVSも沖縄のレンタカーとして活躍しそうな気がします。夕方、那覇の知人が夕食でも、と言う。もちろん濃い沖縄料理を堪能。出来れば東京でも沖縄料理食べたいのだけれど(ゴーヤチャンプルとかはウチで作る)、コッチはさらに美味しい! 明日の予定無ければこのまま居残りたいくらいだ。知人に聞くと平均気温19度に対し、今日は那覇市内で26,1度もあったとか。夏日だもの。帰りの便も満席。昨日からセキュリティチェックで名前言うのヤ、ということで免許証を黙って差し出す作戦に出てる。この方法でいいという確認取ってます。羽田で同級生と大阪に遊びに行ってたムスメ&友達2人乗せ、送りながら帰宅。